「ママ、これ見て!」
3歳の息子が、保育園で作った折り紙のメダルを満面の笑みで見せてきた。
でも、私の目は息子の顔ではなく、腕の中でスヤスヤと眠る生後3ヶ月の娘に向いていた。
「すごいね。でも今、妹ちゃんが寝てるから、しーっ、だよ」
私が小声でそう言うと、息子の笑顔はスッと消え、そのままトボトボと部屋の隅へ行ってしまった。
その背中を見つめながら、私の胸にはドス黒い罪悪感が広がっていった。
私は、32歳の専業主婦。
ずっと欲しかった「二人目」が生まれ、幸せの絶頂にいるはずだった。
でも、現実は違った。
私は今、上の子を「可愛い」と思えない自分に苦しんでいる。
「上の子可愛くない症候群」という絶望
下の子が生まれてから、私の心の中で息子への愛情が急激にしぼんでいくのを感じていた。
新生児の娘は、小さくて柔らかくて、ただ泣いているだけで愛おしい。
でも、その横で「ママ!ママ!」と大声を出して走り回る息子が、時々「邪魔な存在」に思えてしまうのだ。
「ちょっと静かにして!」
「自分でできるでしょ!」
娘が寝ている時に息子が大きな音を立てると、ついカッとなって怒鳴ってしまう。
息子が甘えて抱っこをせがんでも、「今手が離せないから後でね」と冷たく突き放してしまう。
「どうして私、こんなに冷たくなっちゃったんだろう」
あんなに可愛がっていたはずなのに。
一人目の時は、息子の小さな成長一つ一つに感動して涙を流していたのに。
ネットで検索すると、それは「上の子可愛くない症候群」という名前で呼ばれているらしい。
ホルモンバランスの乱れや、育児の疲労が原因だとか。
「一過性のものだから大丈夫」と書いてあるコラムを読んでも、私の心はちっとも軽くならなかった。
「私だけは違う。私は本当に、この子を愛せなくなってしまったのかもしれない」
寂しさのサイン
ある日の夕方。
私がキッチンで夕飯を作っていると、リビングから「ガチャン!」という大きな音がした。
慌てて見に行くと、息子がわざと娘のバウンサーの横でおもちゃ箱をひっくり返していた。
娘は驚いて火のついたように泣き出した。
「何やってるの!!」
私は息子に駆け寄り、腕を強く掴んで怒鳴りつけた。
息子は泣くこともなく、ただジッと私を見つめ返してきた。
その目を見た瞬間、私はハッとした。
息子の目は、「怒られて怖い」のではなく、「やっとママがこっちを見てくれた」という安堵の色を浮かべていたからだ。
「お兄ちゃん」を辞めさせた日
私は、息子が「わざと怒られるようなこと」をしてまで、私の気を引こうとしていることに気づいた。
「いいお兄ちゃんになったね」
周りからそう褒められるたびに、息子は小さな肩に「お兄ちゃん」という重いプレッシャーを背負っていたのだ。
そして私は、そんな息子に甘えきっていた。
その日の夜、夫が帰宅した後、私は息子を寝室に連れて行った。
娘は夫に任せて、息子と二人きりの空間を作った。
「今日、怒鳴っちゃってごめんね」
私がそう言って息子を抱きしめると、息子は小さな体で私の服をギュッと握りしめ、ポロポロと涙をこぼした。
「ママ……ぼく、おにいちゃん、やめたい。あかちゃんになりたい」
その言葉を聞いて、私も声を上げて泣いた。
たった3歳の子供に、「お兄ちゃん」を強要して、寂しい思いをさせていたのは私だ。
「1日10分の独占タイム」
翌日から、私は「息子と二人きりの時間」を意図的に作ることにした。
娘がお昼寝をしている間、家事の手を止めて、息子と思い切り遊ぶ。
その間は、絶対に娘の方を見ない。
「お兄ちゃんえらいね」という言葉も封印した。
たった10分でもいい。
「ママは、あなただけのママだよ」と全力で伝える時間を作ったのだ。
最初は半信半疑だった息子も、少しずつ以前のような無邪気な笑顔を取り戻していった。
愛せない時があってもいい
今でも、疲れている時はつい上の子にイライラしてしまうことがある。
「上の子可愛くない症候群」が完全に治ったわけではない。
でも、「愛せない自分」を責めるのはやめた。
親だって人間だ。
余裕がない時に、うるさくて手のかかる上の子を「可愛い」と思えないのは、ある意味当たり前のことなんだ。
「今は余裕がないだけ。この子のことが嫌いになったわけじゃない」
そう自分に言い聞かせることで、罪悪感のループから抜け出すことができた。
もし、かつての私のように、「上の子が可愛くない」と自分を責めて一人で泣いているお母さんがいたら。
あなたは決して、冷たい母親じゃない。
ただ、心が疲弊しているだけだ。
「可愛い」と思えなくてもいいから、まずは1日10分だけでいい。
子供をギュッと抱きしめて、「大好きだよ」と口に出して伝えてあげてほしい。
その言葉は、きっと子供の心だけでなく、お母さん自身の凍りついた心も、少しずつ溶かしてくれるはずだから。