「今日も学校、お休みするね」
布団の中から聞こえてきた、小学4年生の息子の小さな声。
その言葉を聞いた瞬間、私の中でズシッと重い鉛のようなものが胃の奥に落ちていくのを感じた。
「そっか。わかったよ、ゆっくり休んでね」
できるだけ明るく、優しい声を作ってそう返事をしたつもりだったけれど、
リビングに戻って一人になった途端、大きなため息がこぼれた。
38歳の私は、夫と二人で共働きをしながら、小4の息子を育てている。
息子が「学校に行きたくない」と言い始めたのは、3学期が始まってすぐのことだった。
最初は「ちょっと疲れているのかな」くらいに思っていた。
でも、その「お休み」は1日が2日になり、1週間になり、気づけば1ヶ月以上が過ぎていた。
毎朝、7時が近づくにつれて、私の心臓は嫌な音を立てて早鐘を打ち始める。
「今日は行くかな」「いや、また休むって言うかな」
息子の様子を伺いながら、腫れ物に触るように接する朝。
そして「休む」と言われたときの、あの絶望感と、仕事へ行かなければならない焦り。
職場には「子供が体調不良で……」と嘘をついて遅刻や早退を繰り返し、
その度に申し訳なさで押しつぶされそうになっていた。
誰にも相談できず、一人で抱え込んでいた私の心は、
すでに限界を超えていた。
「どうして行けないの?」を飲み込む苦しさ
息子が学校を休む間、私は何度も何度も「どうして?」と問い詰めたくなった。
「友達と何かあったの?」
「勉強がわからないの?」
「先生が怖いの?」
でも、ネットや本で調べれば調べるほど、「理由を問い詰めてはいけない」「プレッシャーをかけてはいけない」と書かれている。
だから私は、必死に言葉を飲み込んだ。
でも、本音を言えば、毎日家でゲームをしたりYouTubeを見たりしている息子を見ていると、
イライラが募って仕方がなかった。
「私はこんなに仕事の調整に苦労して、周りに頭を下げて、毎日クタクタなのに。
どうしてあなただけ、のんきにゲームなんてしていられるの?」
そんな黒い感情が湧き上がってくるたびに、「なんて冷たい母親なんだろう」と自己嫌悪に陥る。
息子の不登校は、息子自身の問題であると同時に、
私という母親の忍耐力と愛情を試されているようで、本当に苦しかった。
ある日、仕事から帰ってくると、息子がリビングで寝転がって漫画を読んでいた。
その姿を見た瞬間、私の中で何かがプツンと切れた。
「ねえ、いつまでそうしてるつもり? みんな学校に行って頑張ってるのに、どうしてあなただけ行けないの!」
言ってはいけないとわかっていた言葉が、口をついて出てしまった。
息子はビクッと体を震わせ、漫画を置いて無言で自分の部屋にこもってしまった。
その後ろ姿を見ながら、私はキッチンにへたり込み、声を殺して泣いた。
私、最低だ。
一番苦しいのは息子なのに、自分の感情をぶつけてしまった。
母親失格だ。
スクールカウンセラーの言葉で救われた心
このままでは、息子も私も壊れてしまう。
そう危機感を感じた私は、意を決して学校のスクールカウンセラーに相談の予約を入れた。
カウンセリングの日。
私は、これまでの経緯や、自分の黒い感情、息子にひどい言葉を言ってしまった後悔など、
すべてを涙ながらに吐き出した。
カウンセラーの先生は、静かに私の話を最後まで聞いてくれた後、こう言った。
「お母さん、本当によく頑張ってこられましたね。
お子さんが学校に行けないこと、お母さんのせいじゃありませんよ」
その一言で、私の中で張り詰めていた糸がふっと緩んだ。
「お母さんがイライラしてしまうのは、当たり前なんです。
毎日仕事の調整をして、お子さんの将来を心配して、誰よりもお子さんのことを考えているからこそ、苦しいんですよ。
『こんなこと思っちゃダメだ』って、自分の感情に蓋をしないでください。
お母さんが自分を責める必要は、どこにもないんです」
先生の言葉は、干からびていた私の心にスッと染み込んでいった。
「まずは、お母さんが息抜きをする時間を作ってください。
お子さんが学校に行っていない間、お母さんまで一緒に苦しむ必要はありません。
お母さんが笑顔でいられることが、お子さんにとって一番の安心に繋がるんですよ」
「母親」を休む日を作って見えた光
その日から、私は少しだけ考え方を変えることにした。
息子が学校を休んだ日でも、必要以上に気に病むのはやめた。
「今日は家でゆっくりする日なんだね」と割り切り、
私は私の仕事に集中するようにした。
そして、週末には夫に息子を任せて、一人でカフェに行ったり、美容院に行ったりする「母親お休みの日」を作るようにした。
最初は「息子が苦しんでいるのに、私だけ楽しんでいいのかな」という罪悪感もあった。
でも、一人の時間を作ってリフレッシュして帰宅すると、
不思議と息子に対してイライラしなくなっている自分に気づいた。
「ただいま! 今日はお昼に美味しいパスタ食べてきたよ」
笑顔で帰宅する私を見て、息子も心なしかホッとしたような表情を見せるようになった。
それから数ヶ月。
息子はまだ、毎日学校に行けているわけではない。
でも、「今日は給食だけ行く」「明日は図工があるから行く」と、
自分のペースで少しずつ登校する日が増えてきた。
息子の不登校を通して、私は「完璧な母親」でいようと無理をしていたことに気づかされた。
子供の心を守るためには、まず自分自身の心を守らなければならない。
時には「母親」という役割を下ろして、自分を甘やかすことも必要なのだ。
今、同じように子供の不登校で苦しんでいるお母さんがいるなら、伝えたい。
あなたは絶対に、悪くない。
どうか、自分を責めるのだけはやめて、まずは自分自身の心を休ませてあげてほしい。
あなたが笑顔でいられることが、子供にとって一番の特効薬になるはずだから。