朝、目覚まし時計の音で目を覚ました瞬間、絶望した。
頭が割れるように痛い。
喉は焼けるように熱く、体中に鉛のような重さがのしかかっている。
熱を測ると、38.2度。
完全にアウトだった。
隣では、3歳の娘が「ママ、おきてー」と無邪気に私のお腹にダイブしてくる。
小2の息子は、まだ夢の中だ。
「どうしよう……」
頭の中を駆け巡るのは、自分の体への心配ではない。
・今日の午後にある、絶対に外せないクライアントとのオンライン会議。
・期限が今日までの企画書の提出。
・そして何より、「また休むのか」と思われることへの恐怖。
先月も、子供たちの胃腸炎で一週間近く仕事を休んだばかりだった。
その時の、上司の「あー、わかりました。お大事に」という、感情の籠もらない冷たい声が耳に蘇る。
ワーママにとって、自分の体調不良は「最悪のシナリオ」だ。
子供の病気なら「仕方ない」と割り切れても、自分の病気となると、途端に猛烈な罪悪感に襲われる。
休むことへの強烈な罪悪感
フラフラする体を引きずりながら、私はスマホを手に取った。
上司にチャットで連絡を入れるためだ。
『申し訳ありません。発熱があり、本日はお休みをいただきたいです』
たった数行の文章を打つ手が震える。
送信ボタンを押すまでに、5分もかかってしまった。
すぐに返信が来た。
『承知しました。会議はこちらでカバーしておきます』
優しい言葉の裏に、「またか」「迷惑だ」という本音が隠れているのではないかと、勝手に想像して落ち込む。
本当は誰もそんなこと思っていないかもしれないのに、私の心は自己嫌悪でいっぱいだった。
「私って、社会人失格なのかな」
「こんなに周りに迷惑をかけるなら、仕事なんて辞めた方がいいんじゃないか」
熱のせいか、思考はどんどんネガティブな方向へと沈んでいく。
夫は「俺が保育園の送迎するから、寝てなよ」と言ってくれたけれど、
家の中が散らかっていくのを見るのも、子供たちの泣き声が遠くから聞こえてくるのも、すべてがストレスだった。
休んでいるのに、まったく休まらない。
体はベッドにあるのに、脳内はフル回転で自分を責め続けていた。
先輩ワーママがくれた言葉
そんな時、職場の先輩ワーママから個別のメッセージが届いた。
彼女は、いつも涼しい顔で仕事をこなし、三人の子供を育て上げている、私の憧れの人だった。
『ユカちゃん、大丈夫?
熱がある時は、スマホの電源切って、とにかく寝ること!
仕事のことは誰も責めないから、今は自分を甘やかしてあげてね』
その言葉を見た瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れ、涙が溢れてきた。
さらにメッセージは続いていた。
『私も昔、自分の体調不良で休むたびに「申し訳ない」って泣いてたよ。
でもね、ある時気づいたの。
「母親」も「社員」も代わりはいるかもしれないけど、
「私自身の体」の代わりは絶対にいないんだって。
休むのは権利じゃなくて、長く走り続けるための義務だよ』
休むことは、義務。
その言葉が、熱でぼんやりした頭に深く染み込んでいった。
「完璧」を手放す勇気
思えば、私はいつも「完璧」を求めていた。
仕事でも評価されたい。
家事も手抜きしたくない。
子供たちには笑顔で接したい。
でも、人間の体力にも精神力にも限界がある。
睡眠を削り、自分のケアを後回しにして走り続ければ、いつか必ずガタが来る。
今回の発熱は、私の体が発した「これ以上は無理!」という悲鳴だったのだ。
私は、先輩のメッセージに『ありがとうございます。今日は徹底的にサボります』と返し、スマホの電源を落とした。
その日は、夫にすべてを丸投げした。
レトルトのカレーでも、部屋が泥棒に入られたように散らかっていても、一切目を瞑った。
ただひたすら眠り、汗をかき、水分を摂る。
自分自身の回復だけを最優先にした。
罪悪感から解放されるために
二日後、熱は下がり、体も随分と軽くなった。
出社すると、上司や同僚は「無理しないでね」と温かく迎えてくれた。
私が恐れていた「冷たい視線」など、どこにもなかった。
すべては、私が勝手に作り出した幻影だったのだ。
ワーママの日常は、綱渡りの連続だ。
子供の病気、自分の体調不良、仕事のトラブル。
どれか一つでもバランスを崩せば、一気に崩れ落ちてしまいそうになる。
だからこそ、私たちはもっと「休むこと」に寛容にならなければいけない。
自分自身に対しても、そして同じように悩む誰かに対しても。
「休んでごめんなさい」ではなく、「フォローしてくれてありがとうございます」。
そう言える職場環境を、私自身も作っていきたいと思う。
乗り切るためのマイルール
この経験から、私はいくつかの「マイルール」を決めた。
・自分の体調の変化に敏感になること。少しでもおかしいと思ったら、早めに休息を取る。
・「私がやらなきゃ」という思い込みを捨てる。仕事も家事も、属人化を防ぐ。
・休む時は、徹底的に休む。仕事の連絡は見ない。
そして何より、「健康な体」こそが、家族にとって一番の宝物なのだと肝に銘じること。
今日も朝からバタバタと忙しい。
でも、鏡に映る自分の顔色が少しでも優れなければ、私は迷わずブレーキを踏むつもりだ。
罪悪感なんていらない。
私は私のペースで、長く、強く、しなやかに走り続けるために。
そう思えるようになった今の私は、以前よりも少しだけタフになれた気がする。