妊娠がわかった日の帰り道、私は駅前のベンチに座ったまま、しばらく動けなかった。うれしいはずなのに、胸の中に最初に広がったのは不安だった。仕事はどうするのか。つわりが来たら耐えられるのか。夫はどこまでわかってくれるのか。スマホで検索すればするほど、安心よりも心配の方が増えていった。
妊娠初期の不安は、予定より先に膨らんだ
私は三十四歳で、夫と二人暮らし。都内で事務の仕事をしていて、毎朝の満員電車だけでも体力を削られていた。妊娠がわかる前から疲れやすさはあったけれど、検査薬の線を見た瞬間、体の小さな変化が全部怖くなった。
少しお腹が張る気がする。眠気が強い。食べたいものが急に変わる。いつものことかもしれないのに、妊娠中だと思うと全部が重大に感じた。
その夜、夫に「うれしいけど怖い」と言った。夫は笑って「大丈夫だよ」と言った。悪気はない。けれど、その一言で私は少し傷ついた。私が欲しかったのは根拠のない安心ではなく、一緒に怖がってくれる感じだった。
リアルな対策は、気合いではなく見える化だった
翌週、私はノートを一冊買った。そこに不安を書き出すことにした。体調、仕事、お金、家事、通院、夫への不満。頭の中でぐるぐるしていると大きな怪物みたいに感じることも、文字にすると少し輪郭が出た。
たとえば「つわりが来たら仕事を休めないかもしれない」と書いた横に、「上司にいつ話すか」「在宅勤務できる日があるか」「朝の通勤時間をずらせるか」と分けて書いた。すると、不安そのものは消えなくても、次に確認することが見えてきた。
妊娠中の対策というと、立派な準備を想像していた。でも私に必要だったのは、まず怖さを細かくすることだった。大きな不安のまま抱えると、全部に負けそうになる。小さく分けると、一つずつなら動ける。
夫には察してもらうより、担当を渡した
つわりが始まった頃、私は冷蔵庫の匂いがつらくなった。特に夕方、仕事から帰ってきて扉を開けた瞬間に気持ち悪くなり、何度もしゃがみ込んだ。
それなのに夫は、帰宅してすぐ「今日のご飯どうする?」と聞いた。私はその言葉に腹が立って、泣きながら「私だって知らない」と言った。夫は驚いて固まっていた。
翌日、落ち着いてから話し合った。私は「手伝って」ではなく、「冷蔵庫を開ける係と、夕飯を決める係をしばらくお願いしたい」と伝えた。夫はその方がわかりやすかったらしく、帰りに食べられそうなものを二つ買ってくるようになった。
察してくれないことに怒るより、具体的に渡した方が早い。少し悔しかったけれど、家庭の中で倒れないためには、感情だけで勝負しない方がいい日もある。
外の情報より、自分の体の声を優先する
妊娠中、検索をやめられない夜が何度もあった。誰かの体験談を読んで安心したくて開いたはずなのに、気づけばもっと不安になる。私と似た週数の人の話でも、体調も環境も性格も違う。比べるほど、自分の妊娠が間違っているように感じてしまった。
それから私は、検索する時間を決めた。夜は見ない。気になることはメモして、次の健診で聞く。体調の変化は、誰かの投稿ではなく自分のノートに残す。
このルールは地味だけれど効いた。スマホを閉じた後、温かい飲み物を用意して、今日できたことを一つだけ書く。「駅の階段を使わなかった」「昼に少し眠れた」「夫に言いたいことを飲み込まずに言えた」。それだけで、妊娠生活が不安だけの時間ではなくなった。
乗り越え方は、強くなることではなかった
妊娠してから、私は何度も弱くなった気がした。すぐ眠い。すぐ泣く。前ならできたことができない。予定どおりに進まない自分にいら立った。
でも今振り返ると、乗り越えるとは、平気なふりをすることではなかった。無理な予定を減らす。頼む相手を増やす。不安を紙に出す。夫に担当を渡す。健診で聞くことを決めておく。そうやって、自分ひとりで抱える量を少しずつ減らすことだった。
妊娠中の不安は、きれいごとだけでは片づかない。体は毎日変わるし、気持ちも揺れる。周りの一言に傷つく日もある。それでも、怖いと思う自分を責めなくていい。怖いから準備する。しんどいから休み方を決める。わからないから聞く。
あの駅前のベンチで動けなかった私は、母親になる覚悟が足りなかったのではない。ただ、初めてのことを前にして、ちゃんと怖がっていただけだった。今ならそう思える。