「もう、いい加減にして!早く寝てよ!」
暗い寝室で、私は2歳の息子に向かって声を荒らげた。
時計の針は、すでに22時半を回っている。
息子は私の怒鳴り声に驚いて、ビクッと体を震わせた後、火のついたように泣き出した。
私はベッドに倒れ込み、天井を見つめながら深いため息をついた。
私は、30歳の専業主婦。
毎日、この「寝かしつけ」という戦いに、心も体もすり減らしていた。
終わりの見えない暗闇の戦い
毎晩20時半。
絵本を読み終わり、部屋の電気を消した瞬間から、私のイライラは静かにスタートする。
息子は、暗闇の中で突然「お水飲みたい」と言い出し、布団から抜け出す。
水を飲ませて戻ってきたと思ったら、今度は「パパはどこ?」と探し始める。
やっと布団に入ったと思っても、私の顔をペチペチ叩いたり、足をバタバタさせたりして、一向に寝る気配がない。
「早く寝て」
「目をつぶって」
私の声は、時間が経つにつれてどんどん低く、冷たくなっていく。
21時半。
まだ寝ない。
22時。
まだ寝ない。
私の頭の中には、「寝かしつけが終わったらやりたいこと」が渦巻いている。
残っている洗い物、見たいドラマ、誰にも邪魔されずにスマホをいじる時間。
それらが、息子のパッチリ開いた目によって、どんどん削られていくのが悔しくてたまらなかった。
「寝ない子供」と「私のせい」
ある日、ママ友とのランチで寝かしつけの悩みを打ち明けた。
「うち、20時にはコテッと寝るよー」
「寝かしつけなんて、したことないかも」
そんな言葉を聞くたびに、私は「自分がダメな母親だからだ」と落ち込んだ。
日中の運動量が足りないのか。
お昼寝の時間が長すぎるのか。
私がイライラしているから、それが伝わって寝られないのか。
全部、私のせいだ。
その日の夜も、息子は22時半まで寝なかった。
私は限界を迎え、冒頭のように怒鳴ってしまったのだ。
泣き疲れてようやく眠りについた息子の顔を見て、私は激しい自己嫌悪に襲われた。
「こんなに怒ってまで、早く寝かせる必要なんてあったのかな」
「寝かしつけ」を放棄する夜
翌日。
私は、一つの決断をした。
「もう、無理して寝かせるのはやめよう」
その日の夜、21時になっても息子が「まだ遊ぶ!」と言い張った時。
いつもなら無理やり布団に引きずり込むところを、私は「そっか、じゃあもうちょっと遊ぼうか」と答えた。
息子は驚いたような顔をして、リビングでミニカーを走らせ始めた。
私は、その横でソファに座り、堂々とスマホをいじり始めた。
「早く寝なさい」と言わない。
寝室に連れて行かない。
ただ、リビングの明かりだけは少し暗くして、私は「自分のやりたいこと」を先にやってしまうことにした。
「諦め」がもたらした奇跡
22時。
息子はまだミニカーで遊んでいる。
私は、スマホでドラマを1本見終わったところだった。
「ふぁぁ」
息子が大きなあくびをした。
「ママ、ねんねする」
息子は自分から私のお腹にくっついてきて、そのままコテッと目を閉じたのだ。
私は驚いた。
あんなに毎日、「寝なさい!」と怒鳴り散らして1時間も2時間も格闘していたのに。
私が「寝かしつける」のをやめた途端、息子はあっさりと自分のタイミングで眠りについた。
それから数日、私は「寝かしつけ放棄作戦」を続けた。
結果は同じだった。
息子は、自分が眠くなったら勝手に寝る。
私が「早く寝て」というプレッシャーをかけない方が、お互いにとってずっと平和だったのだ。
子供のペースに「合わせる」という選択
もちろん、毎日22時過ぎまで起きているのは、生活リズムとしてどうなのかという声もあるだろう。
でも、私は「完璧な生活リズム」を守るために、毎日子供を怒鳴りつけて泣かせる方が、よっぽど悪いことだと思うようになった。
今でも、息子は早く寝る日もあれば、遅くまで起きている日もある。
でも、私はもうイライラしない。
「まあ、いつかは寝るだろう」と開き直って、隣でこっそりイヤホンをしてYouTubeを見たりしている。
「寝かしつけ」という言葉が、そもそも間違っているのかもしれない。
親が「寝かせる」のではなく、子供が「眠る」のを待つだけ。
もし今、暗い寝室で「早く寝て!」と子供を睨みつけているお母さんがいたら。
一度、「寝かしつけ」を放棄してみてほしい。
あなたが「早く自分の時間を持ちたい」と焦る気持ちを手放した時、不思議と子供は、安心したように目を閉じるかもしれないから。