「……寒い」
真冬の脱衣所で、私は震えながらバスタオルを羽織った。
私は、32歳の専業主婦。
夫は毎日終電帰りで、3歳の息子と生後6ヶ月の娘を、完全な「ワンオペ育児」で育てている。
ワンオペ育児の中で、一番過酷なミッション。
それは間違いなく「お風呂」だ。
戦場のようなお風呂タイム
夕方17時。
お風呂の準備を始めると、私の心臓は少しだけ早鐘を打つ。
まず、脱衣所にバウンサーを置き、そこに娘を寝かせる。
娘が泣き出す前に、息子を全裸にして浴室へ押し込み、自分も猛スピードで服を脱ぐ。
浴室では、息子がシャンプーの泡を嫌がって逃げ回る。
「ちょっと待って!目に入らないようにするから!」
息子を追いかけながら、チラチラと脱衣所のバウンサーを確認する。
娘はまだ泣いていない。今のうちだ。
自分の髪と体を、まるで修行僧のように無心で、そして最速で洗う。
シャワーの温度を確認する余裕もなく、泡さえ落ちればいい。
そして、息子を湯船に入れ、今度は脱衣所で待たせている娘を洗う番だ。
泣き声のオーケストラ
娘の服を脱がせようとした瞬間、バウンサーから「ギャー!」という泣き声が上がった。
同時に、湯船の中から息子が「ママー!おもちゃ取ってー!」と叫ぶ。
脱衣所と浴室から、ステレオで響き渡る子供たちの声。
「ちょっと待ってて!今いくから!」
誰に向かって言っているのかわからない叫び声を上げながら、私は娘を抱き上げ、浴室へ滑り込んだ。
娘の体を急いで洗いながら、息子にシャワーでお湯をかける。
娘はシャワーの音に驚いてさらに激しく泣き出し、息子は「お湯が顔にかかった!」と怒り出す。
浴室の床に座り込み、両手に泣き叫ぶ二人の子供を抱えながら、私はふと、湯気で曇った鏡を見た。
髪はボサボサ、顔は必死の形相で歪み、全身が泡だらけの自分。
「私、何やってるんだろう」
その瞬間、ポキッと何かが折れる音がした。
限界を迎えた夜
お風呂から上がり、子供たちの体を拭いてパジャマを着せる。
自分はバスタオル一枚のまま、エアコンの冷風が当たる脱衣所で、ひたすら二人の世話をする。
「寒い」
ふと口からこぼれた言葉と一緒に、涙がボロボロとこぼれ落ちた。
なんで私ばっかり、こんな思いをしなきゃいけないの。
夫は今頃、暖かいオフィスで仕事をして、帰りに一人でラーメンでも食べているのだろうか。
私は、自分の体をゆっくり洗う時間も、温かいお湯に浸かる時間も、もう何ヶ月もないのに。
泣きながら娘にミルクをあげていると、息子が心配そうに私を見上げた。
「ママ、どこかいたいの?」
その優しい言葉に、私はさらに涙が止まらなくなってしまった。
「ううん、痛くないよ。ごめんね、ママ泣いちゃって」
子供の前で泣いてしまった自己嫌悪で、胸が押し潰されそうだった。
「完璧」を手放すというサバイバル術
その夜、深夜に帰宅した夫に、私は泣きはらした顔で宣言した。
「もう、毎日子供2人をお風呂に入れるの、やめる」
夫は驚いた顔をして、「え?じゃあどうするの?」と聞いた。
「明日は、あなたがお風呂に入れて。私はその間、一人でゆっくりお風呂に入るから」
夫は少し考えた後、「わかった。明日は早く帰るよ」と約束してくれた。
翌日から、私は「毎日のお風呂」に対するハードルを極限まで下げることにした。
夫が遅い日は、娘はおしり拭きで体を拭くだけの日もある。
息子のシャンプーも、2日に1回にした。
「毎日綺麗に洗ってあげなきゃ」という呪縛を、自ら解き放ったのだ。
「適当」が救うお母さんの心
「お風呂は毎日入るべき」という常識は、ワンオペ育児においては時に「凶器」になる。
多少体が汚れていても、死にはしない。
それよりも、お母さんがお風呂場で泣き崩れるまで追い詰められる方が、よっぽど子供の心に悪い影響を与えると思う。
今、私のお風呂タイムは相変わらずバタバタしている。
でも、「今日はもうシャワーだけでいっか」「娘は明日洗おう」と割り切れるようになったことで、心はずっと軽くなった。
もし今、脱衣所でバスタオル一枚で震えながら、泣きそうになっているお母さんがいたら。
どうか、自分に「適当」を許してあげてほしい。
「今日は入らない」という選択肢を持ってもいい。
あなたが笑って子供を抱きしめられるなら、お風呂なんて1日くらいサボったって、誰もあなたを責めやしないのだから。