産後うつのコツと本音 限界を感じた日の向き合い方

産後うつという言葉を、私は出産前まで少し遠いものだと思っていました。
産後の大変さは知っているつもりで、眠れないことも、授乳がうまくいかないことも、赤ちゃんの泣き声に追い詰められる日があることも、頭ではわかっていました。

でも実際にその中に入ると、知識はあまり役に立ちませんでした。
34歳、横浜で夫と生後2か月の息子と暮らす私は、ある朝、洗面台の前で歯ブラシを持ったまま涙が止まらなくなりました。

理由はひとつではありません。
夜中に何度も起きたこと。母乳が足りているのか不安だったこと。夫が仕事に行く背中を見た瞬間、自分だけが取り残されたように感じたこと。
そして何より、「かわいいはずなのに、今は抱っこするのが怖い」と思ってしまった自分に、ひどく傷ついていました。

限界は、静かに近づいてくる

私の産後うつは、突然大きな音を立てて来たわけではありません。
最初は、少し眠いだけ。少し涙もろいだけ。少し夫にきつく言ってしまうだけ。
そうやって「少し」を積み重ねているうちに、気づけば台所に立つだけで胸が苦しくなっていました。

その日、息子は朝から泣き続けていました。
オムツを替えても、授乳しても、抱っこの向きを変えても泣き止まない。
私はスマホで「赤ちゃん 泣き止まない」と検索しながら、画面の文字がまったく頭に入ってこないことに気づきました。

夫に「もう無理かもしれない」と送ったのは、昼の少し前です。
送信したあと、すぐに消したくなりました。
大げさだと思われるかもしれない。母親なのに情けないと思われるかもしれない。
でも、その短い言葉を出せたことが、今思えば最初のコツでした。

本音を小さく出すだけで、空気が変わった

夫は仕事中で、すぐに帰れる状況ではありませんでした。
けれど「今すぐ全部は無理でも、電話できる」と返事が来ました。
私は息子を安全な場所に寝かせ、泣き声を聞きながら別の部屋で電話を取りました。

最初に出た言葉は、きれいな相談ではありません。
「逃げたい」
「寝たい」
「赤ちゃんが泣くたびに、自分が責められている気がする」
そんな本音ばかりでした。

夫は途中で解決策を言いかけました。
その瞬間、私はまた怒りがこみ上げました。
「正しいことを言われたいんじゃない。今は、つらいって言ったことを受け止めてほしい」
自分でも驚くほどはっきり言えました。

そのあと、夫は黙って聞いてくれました。
数分の沈黙がありました。
その沈黙の中で、私は初めて「責められていない」と感じました。

私が決めた小さなコツ

その日から、私は産後うつに対して、気合いで勝とうとするのをやめました。
頑張り方を増やすのではなく、倒れないための段取りを作ることにしました。

まず、限界の言葉を夫婦で決めました。
「黄色」は少し危ない日。
「赤」は今すぐ交代してほしい日。
長い説明をしなくても伝わる合図があるだけで、私はかなり楽になりました。

次に、家事の合格点を下げました。
洗濯物がたたまれていなくても、食器が残っていても、赤ちゃんと私がその日を越えられたら合格。
そう決めても、罪悪感はすぐには消えません。
でも、毎日少しずつ「今日の最低ライン」を低く置く練習をしました。

そして、母や友人に話すときも、明るい報告だけをやめました。
「かわいいよ」と言ったあとに、「でも今日、抱っこがつらかった」と足しました。
すると相手は思ったより責めませんでした。
むしろ「それはしんどいね」と返してくれる人がいることに、私は何度も救われました。

母親らしさより、今日を越えること

産後うつの渦中にいると、「ちゃんとした母親」から外れることが何より怖くなります。
私も、赤ちゃんに笑いかけられない日があるたびに、自分の中の何かが欠けているように感じていました。

でも、少し落ち着いてから振り返ると、私は息子を大切に思っていなかったわけではありません。
大切だからこそ、泣き声に反応しすぎて、休めず、緊張し続けて、心が先に限界を迎えていました。

助産師さんに話したとき、「赤ちゃんのためにも、お母さんの休憩を予定に入れてください」と言われました。
その言葉に、私は少しだけ肩の力が抜けました。
休むことは手抜きではなく、赤ちゃんの生活を守るための一部なのだと、初めて思えたからです。

今でも、全部がうまく回っているわけではありません。
夕方になると気持ちが沈む日もあります。
夫の何気ない一言に、必要以上に傷つく日もあります。
けれど、限界を感じたら早めに言う。説明できない日は合図だけ出す。家事より睡眠を選ぶ。
この小さなコツを持っているだけで、私は自分を少し守れるようになりました。

もし今、同じように「もう無理」と思いながら赤ちゃんの横にいるなら、その気持ちは隠さなくていいと思います。
本音を出すことは、弱さを見せることではありません。
今の自分と赤ちゃんを、ひとりで抱え込まないための合図です。

完璧な母親になれない日があっても、今日を越えようとしているなら、それだけで十分に必死にやっています。
私はあの日、洗面台の前で泣いた自分に、今ならこう言いたいです。
「限界だと気づけたのは、壊れる前に助けを呼ぶ力が残っていたからだよ」

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