「ゴミ出し忘れてるよ!」
玄関に向かって叫ぶと、靴を履いていた夫が慌てて戻ってきた。
「あ、ごめんごめん」
夫は急いでゴミ袋を掴み、小走りで家を出て行った。
その背中を見送りながら、私は深くため息をついた。
夫は「自分は家事をやっている」と思っている。
でも、彼の言う「家事」は、私の目から見ればほんの一部でしかなかった。
私は、34歳の共働き主婦。
5歳の息子を育てながら、フルタイムで働いている。
「手伝う」という言葉の罠
私たち夫婦は、結婚当初から「家事は分担しよう」と話し合っていた。
実際、夫は料理も少しはできるし、掃除機もかけてくれる。
「よくできた旦那さんね」と周りからは言われる。
でも、私の心の中には常に不満が渦巻いていた。
ある週末、夫が「今日は俺がご飯作るから、ゆっくり休んでていいよ」と言ってくれた。
私は嬉しくて、リビングで雑誌を読んでいた。
しかし、キッチンからは「これどこにあるの?」「醤油切れてるよ!」といちいち声がかかる。
ようやく出来上がった料理は美味しかったけれど、その後ろには、油まみれのコンロと、シンクに山積みになったボウルやフライパンが残されていた。
「……これ、誰が片付けるの?」
夫は満足げにソファに座り、テレビを見ている。
「俺、手伝ったよな」というオーラを出しながら。
結局、私がため息をつきながら、1時間かけてキッチンをリセットした。
「名もなき家事」の重圧
夫がやってくれるのは、目に見える「大きな家事」だけだ。
でも、生活を回すために本当に大変なのは、目に見えない「名もなき家事」の連続なのだ。
シャンプーの詰め替え。
トイレットペーパーの芯を捨てる。
麦茶を作る。
保育園のプリントに目を通す。
週末の予定を立てる。
子供の靴のサイズを確認する。
これらはすべて、私が一人で抱え込んでいた。
夫は、シャンプーがなくなれば「シャンプーないよ」と教えてくれる「報告係」でしかない。
「なんで私ばっかり、こんなに細かいことまで考えなきゃいけないの?」
私の心の中で、不満という名の風船が少しずつ膨らんでいった。
爆発した夜
そして、その風船がついに破裂する日がやってきた。
ある平日の夜。
私は残業で遅くなり、ヘトヘトになって帰宅した。
夫は先に帰っていて、息子と一緒にテレビを見ていた。
「ただいま」
「おかえり。ご飯まだ?」
その一言で、私の中で何かがプツンと切れた。
「……なんで、私が作るの待ってるの?」
私の低い声に、夫は驚いたように振り返った。
「え、だって、今日は俺、作る当番じゃないし……」
「当番って何!?私は今帰ってきたの!あなたは1時間前から家にいるの!どうして『自分が作ろう』とか『何か手伝おう』って思わないの!?」
気づけば、私は泣き叫んでいた。
「ゴミ出しだって、私が全部集めてまとめてるから、あなたは持っていくだけじゃない!料理だって、後片付けは全部私!シャンプーの詰め替えも、麦茶も、全部私がやってる!あなたは、美味しいところだけやって『家事やってる』って顔しないで!!」
溜め込んでいた言葉が、ダムが決壊したように溢れ出した。
夫は呆然として、一言も発せなかった。
息子は驚いて泣き出してしまった。
「手伝う」から「分担する」へ
その日の夜、子供を寝かしつけた後、私たちは冷静になって話し合った。
私は、自分がどれだけ「名もなき家事」を抱え込んでいるか、そして「手伝う」という夫のスタンスがどれだけ苦しかったかを伝えた。
夫は深く反省し、「本当にごめん。俺、全然見えてなかった」と謝った。
それから、私たちは家事の分担を見直した。
「ゴミ出し」は、家中のゴミを集めて袋をセットするところからがセット。
「料理」は、メニューを考えるところから、買い出し、作って、シンクを元通りにリセットするまでがセット。
一つの家事を、「最初から最後まで完結させる」というルールにしたのだ。
気づくことから始まる
最初は、夫も戸惑っていた。
「これ、どこにしまうの?」と聞かれることも多かった。
でも、私は「自分で考えて」と突き放した。
数ヶ月経つと、夫は「シャンプーの詰め替え、買っておいたよ」と自ら気づいて動けるようになった。
「名もなき家事」の存在に、彼自身が気づき始めたのだ。
家事分担で一番大切なのは、完璧に半分ずつにすることではない。
相手がどれだけの「見えない負担」を抱えているかに気づき、それを「自分の問題」として捉えることだ。
もし今、夫の「手伝う」というスタンスにイライラしている人がいたら。
一度、大爆発してみてもいいと思う。
あなたが抱えている「見えない荷物」は、言葉にしなければ、永遠に相手には見えないのだから。