クローゼットの前で、私はまた深いため息をついた。
「これもキツい。これも、なんか違う……」
ベッドの上に放り投げられた服の山。
そのどれもが、今の私の体型を容赦なく現実として突きつけてくる。
私は34歳。2歳の息子を育てる母親だ。
妊娠中に12キロ増えた体重は、産後半年でどうにか元の数字に戻った。
「母乳育児は痩せる」という都市伝説は本当だったのだと、その時は安心しきっていた。
でも、本当の地獄はそこからだった。
授乳が終わり、息子の離乳食が3回食になった頃から、私の体は静かに、でも確実に変わり始めた。
朝ごはんは、息子が残したパンの耳。
昼ごはんは、息子が昼寝している間に掻き込む納豆ご飯。
夜は、疲れ果てて料理する気力もなく、夫が買ってきたお惣菜とお酒。
自分の食事をゆっくり楽しむ時間なんてない。
そのストレスを埋めるように、夜な夜な子供が寝た後に甘いチョコレートを口に運んだ。
気づけば、体重は妊娠中と同じ数字まで戻っていた。
いわゆる、リバウンドだ。
「痩せなきゃ」
そう思って、テレビで見た糖質制限ダイエットに手を出したこともある。
炭水化物を一切抜いて、野菜と鶏肉だけを食べる生活。
最初の1週間で2キロ落ちて、「私、やればできるじゃん!」と喜んだのも束の間。
金曜日の夜、疲れと空腹がピークに達した私は、気づけばコンビニの菓子パンを3つも平らげていた。
我慢して、爆発して、自己嫌悪に陥る。
その繰り返しで、私の心はどんどんすり減っていった。
服が似合わない絶望感
ある日、学生時代の友人たちと久しぶりにランチに行くことになった。
「何を着ていこう?」
ウキウキしながらクローゼットを開けたはずなのに、数分後には絶望に変わっていた。
産前に着ていたお気に入りのワンピースは、ファスナーが背中の途中で止まって上がらない。
細身のデニムは、太ももでつっかえて上まで上がらない。
仕方なく、体型を隠せるゆったりしたチュニックを選んだ。
鏡の前に立つと、そこには「疲れ果てたおばさん」が映っていた。
腰回りに無駄な肉がつき、背中は丸く、姿勢も悪い。
「私、いつからこんな風になっちゃったんだろう……」
ランチの席でも、綺麗に着飾った友人たちと自分を比べてしまい、心から楽しめなかった。
「子育てが忙しいから」と言い訳を並べる自分が、ひどく惨めで情けなかった。
帰宅後、脱ぎ捨てたチュニックを見ながら、私はついに泣き崩れた。
「もう、こんな自分嫌だ」
その夜、私は夫に宣言した。
「私、本気でダイエットする!」
夫は驚いた顔をした後、優しく笑って言った。
「無理はしないでね。でも、応援するよ」
完璧主義をやめたら、少しずつ変わり始めた
次の日から、私はダイエットのやり方を根本から変えた。
これまでは「糖質を一切摂らない」「毎日1時間ランニングする」といった、ハードルの高い目標ばかり立てて、結局続かずにリバウンドしていた。
だから今回は、「絶対に続けられる小さなこと」だけをルールにした。
・朝ごはんは、必ずタンパク質(卵や納豆)を食べる。
・飲み物は、ジュースから水かお茶に変える。
・子供の食べ残しは、勇気を出して捨てる。
・夜寝る前のスマホ時間を5分だけ削って、ストレッチをする。
たったこれだけ。
最初のうちは、「こんなんで本当に痩せるの?」と半信半疑だった。
でも、1週間、2週間と続けるうちに、体より先に「心」に変化が現れた。
朝からタンパク質をしっかり摂ることで、日中の異常な空腹感がなくなった。
夜のストレッチを習慣にしたことで、睡眠の質が上がり、翌朝の目覚めが良くなった。
「今日も目標を達成できた」という小さな成功体験が、自己肯定感を少しずつ回復させてくれた。
そして1ヶ月後。
体重計に乗ると、マイナス1.5キロ。
劇的な変化ではないけれど、確実に数字は減っていた。
「私にも、できるんだ」
その喜びがモチベーションになり、今度は「スクワットを10回だけ追加してみよう」「エレベーターじゃなくて階段を使おう」と、自分から進んで行動できるようになった。
半年後の小さな奇跡
ダイエットを始めてから半年。
体重はピーク時から5キロ落ちた。
まだまだ産前の体型には戻っていないけれど、大きな変化があった。
ある日、ふとクローゼットの奥にしまっていたデニムを引っ張り出してみた。
半年前に、太ももでつっかえて上がらなかったあのデニムだ。
恐る恐る足を通し、息を止めてファスナーを上げる。
「……上がった!」
少しきついけれど、確かにファスナーは一番上まで上がった。
鏡に映る自分は、あの日の「疲れ果てたおばさん」ではなく、少しだけ自信を取り戻した一人の女性だった。
産後ダイエットは、本当に難しい。
自分のペースで生活できない中で、食事制限や運動をするのは至難の業だ。
だからこそ、完璧を求めないでほしい。
「今日は子供のポテトを1個だけ食べてしまった」と自分を責める必要はない。
また明日から、少しずつ意識を変えればいいだけだ。
大切なのは、「短期間で痩せること」ではなく、「自分が心地よいと思える体を取り戻すこと」。
もし今、クローゼットの前でため息をついているママがいるなら。
まずは、コップ1杯の水を飲むことから始めてみてほしい。
その小さな一歩が、数ヶ月後の自分を笑顔にしてくれるはずだから。