「うわっ……くっさ!」
月曜日の朝。
クローゼットから引っ張り出したブラウスを着て、自分のニオイに思わず顔をしかめた。
例えるなら、生乾きの雑巾と汗が混ざったような、酸っぱいニオイ。
私は33歳。フルタイムで働きながら、3歳の息子を育てている。
休日は溜まった家事に追われ、平日は文字通り「生きていくだけで精一杯」の日々だ。
そんな私にとって、家事の中で一番嫌いなのが「洗濯」だった。
「干す」という終わりの見えない苦行
洗濯機を回すのは、ボタンを押すだけだからいい。
問題は、その後の「干す」作業だ。
重い洗濯カゴを抱えてベランダに出る。
ハンガーにシワを伸ばしながら一枚ずつかける。
ピンチハンガーに、息子の小さな靴下や夫のパンツを一つ一つ挟んでいく。
冬は手が凍えるほど冷たく、夏は汗だくになりながら、ただひたすらに単純作業を繰り返す。
そして夕方には、また同じように時間をかけて取り込み、今度は「畳む」という地獄が待っている。
「なんで私だけ、毎日こんなことやらなきゃいけないの?」
夫は帰りが遅く、洗濯を頼める状況ではない。
結局、すべて私の肩にのしかかっている。
ある週末、疲労から洗濯をサボってしまい、日曜日の夜に3日分の洗濯物をまとめて回したことがあった。
夜遅くにベランダで干す気力もなく、リビングのカーテンレールや鴨居に、大量の洗濯物を隙間なくぶら下げた。
翌朝、リビングは薄暗く、部屋中が強烈な生乾き臭に包まれていた。
その日、夫が着て行ったシャツも、息子が保育園に持っていったタオルも、そして私のブラウスも、全部が臭かった。
「俺のシャツ、なんか臭いんだけど……」
帰宅した夫にそう言われた瞬間、私の中で張り詰めていた糸が切れた。
「じゃあ自分で洗って干せばいいでしょ!!」
泣きながら怒鳴る私を見て、夫は驚き、息子は怯えて泣き出した。
「完璧」を手放すための投資
その夜、私はベッドの中でスマホを握りしめ、「洗濯 めんどくさい 限界」と検索した。
出てきたのは、ドラム式洗濯乾燥機のレビュー記事だった。
『干す手間がゼロになる。人生が変わる』
その言葉が、私の心に深く刺さった。
でも、価格を見て現実に引き戻された。20万円以上するのだ。
「洗濯機に20万……もったいないよね」
今の縦型洗濯機はまだ使えるし、頑張れば干せる。
ただ、私が「ちょっと我慢すればいい」だけなんだから。
でも、本当にそうだろうか?
私は、毎日の「干す時間(約30分)」と、生乾きのニオイによる「ストレス」、そして夫への「八つ当たり」に、いくらの価値をつけているのだろうか?
翌日、私は思い切って夫に相談した。
「私、洗濯物を干すのがもう本当に限界で……。ドラム式洗濯乾燥機、買ってもいいかな?」
夫は少し驚いた顔をしたけれど、すぐにこう言った。
「あのニオイと、君のストレスがなくなるなら、安い投資だと思うよ」
干さない生活が連れてきたもの
数週間後、我が家に念願のドラム式洗濯乾燥機がやってきた。
その日の夜、私はお風呂上がりに、使ったばかりのタオルや服をそのまま洗濯機に放り込んだ。
洗剤を自動投入のタンクに入れ、ボタンを一つ押すだけ。
「……えっ、これで終わり?」
あまりのあっけなさに、拍子抜けした。
今まで、重いカゴを持ってベランダと往復していたあの時間は、一体何だったのか。
翌朝、洗濯機の扉を開けると、そこにはふっくらと温かく、太陽のようないい匂いがするタオルが待っていた。
生乾きの酸っぱいニオイなんて、微塵もない。
「うわぁ、ふわふわー!」
息子がタオルに顔をうずめて嬉しそうに笑った。
洗濯を干す時間がゼロになったことで、私の朝には「30分」という余白が生まれた。
その30分で、ゆっくりコーヒーを飲んだり、息子の着替えを手伝ったりできるようになった。
夜、疲れ果ててリビングのカーテンレールに洗濯物をぶら下げることもなくなった。
部屋はいつもスッキリしていて、嫌なニオイもしない。
そして何より、夫に対して「私ばっかり」という理不尽な怒りをぶつけることがなくなったのだ。
「私が頑張れば」という呪い
20万円の投資は、確かに安くはない。
でも、それがもたらしてくれた「心の平和」と「時間のゆとり」を考えれば、十分すぎるほど元は取れたと思っている。
私たちは、つい「家事は手作業でやるべき」「便利な家電に頼るのは怠慢だ」と思い込んでしまいがちだ。
特に母親は、「私が少し我慢して頑張れば、お金もかからないし……」と、自分を犠牲にするクセがついている。
でも、その「我慢」の先にあるのは、すり減った心と、家族への八つ当たりだ。
もし今、ベランダで重い洗濯カゴを抱えながら「めんどくさい」「限界だ」と泣きそうになっている人がいるなら。
「私が頑張れば」という呪いを、思い切って手放してみてほしい。
洗濯は、機械に任せられる。
でも、あなたの笑顔と、家族との穏やかな時間は、機械には作れないのだから。