「ねえ、○○君、A塾のSクラスに上がったんだって」
ママ友からのLINEを見て、私は思わずスマホを伏せた。
胸の奥がざわざわして、ため息が出る。
私は、42歳の専業主婦。
小学5年生の息子は、3年生の時から中学受験のための進学塾に通っている。
「本人が行きたいって言うから」
最初はそう思っていた。
でも、学年が上がるにつれて、いつの間にか「親の受験」にすり替わっていたことに、私は気づいていなかったのだ。
偏差値という魔物
息子が通う塾では、毎月クラス分けのテストがある。
テストの数日前から、我が家の空気はピリピリし始める。
「ここ、先週も間違えたよね?なんで同じミスするの?」
「このままだと、またクラス落ちるよ!」
息子の丸つけをしながら、私は声を荒らげてしまう。
息子は泣きながら机に向かい、夫は「そんなに怒らなくても……」と遠巻きに見ているだけ。
そして、結果が返ってくる日。
パソコンの画面に表示される偏差値を見て、私は一喜一憂した。
上がっていれば、「よく頑張ったね!」と大げさに褒める。
下がっていれば、「だから言ったじゃない」と不機嫌になる。
私の機嫌は、息子の「偏差値」によって完全にコントロールされていた。
壊れていく親子関係
ある日、塾から帰ってきた息子が、玄関にカバンを投げ捨てて言った。
「もう塾、行きたくない。受験もやめる」
私は耳を疑った。
「何言ってるの?今まであんなに頑張ってきたのに」
「……どうせ僕なんて、頭悪いし。ママも、僕が点数取れないと怒るじゃん」
息子は泣き出し、そのまま自分の部屋にこもってしまった。
その言葉に、私はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
私は、いつからこんな母親になってしまったんだろう。
「この子のため」と言いながら、実は「優秀な子の親」というステータスが欲しかっただけなんじゃないか。
ママ友への見栄。
「あそこのお宅、すごいわね」と言われたい自己満足。
そんなくだらないもののために、私は息子の心を追い詰めていたのだ。
「誰のため」の受験か
その夜、夫と話し合った。
「あいつが辞めたいなら、辞めさせればいいんじゃないか?別に、公立でも死ぬわけじゃないし」
夫の言葉は冷たいように聞こえたが、真理だった。
私たちは、何のために中学受験をさせようと思ったのか。
「より良い環境で学ばせたい」「本人の可能性を広げたい」
それが本来の目的だったはずだ。
それなのに、いつの間にか「偏差値の高い学校に入れること」がゴールになっていた。
翌日、私は息子の部屋に行き、素直に謝った。
「ごめんね。ママ、あなたの点数ばかり見て、あなたの気持ちを全然考えてなかった」
「受験、やめてもいいよ。あなたが笑って過ごせるのが一番だから」
息子は少し驚いた顔をして、そして静かに言った。
「……やめたくない。でも、怒られるのは嫌だ」
プレッシャーからの解放
それから、我が家のルールを変えた。
・テストの点数で怒らない
・クラスが落ちても「次頑張ろう」で終わらせる
・勉強の管理は、本人と塾の先生に任せる(私は「お弁当作り」と「送迎」に徹する)
最初は、口を出したくてウズウズした。
でも、グッとこらえて見守るようにすると、息子に変化が現れた。
「ママ、ここわかんないから教えて」
自分から聞いてくるようになったのだ。
私が「こうしなさい!」と押し付けていた時は反発ばかりしていたのに、私が手を引いた途端、息子は自分から机に向かうようになった。
「偏差値」より大切なもの
今、息子は小学6年生になり、いよいよ受験本番が近づいている。
相変わらず成績は波があるし、第一志望には届かないかもしれない。
でも、今の我が家には、以前のようなピリピリした空気はない。
「落ちたら落ちたで、公立で楽しくやればいいさ」
夫も私も、心からそう思えるようになったからだ。
中学受験は、確かに過酷だ。
親のプレッシャーが、子供の心を壊してしまうこともある。
でも、「誰のための受験か」を見失わなければ、それは親子で成長できる素晴らしい経験になる。
もし今、子供の偏差値に振り回されて、親子で苦しんでいる人がいたら。
一度、立ち止まって考えてみてほしい。
あなたが本当に望んでいるのは、「偏差値の高い学校に合格する子供」なのか、それとも「毎日笑顔で過ごせる子供」なのか。
その答えがわかれば、きっと心のプレッシャーから解放されるはずだ。