子供の教育の不安と家庭でできた対策

小学校の入学説明会から帰ってきた夜。

私はランドセルのカタログを閉じたまま、ダイニングテーブルで動けなくなっていた。

6歳の娘は隣で折り紙をしている。

夫は洗い物をしながら「楽しみだね」と言った。

でも私は、楽しみより先に不安で胸がいっぱいだった。

ひらがなはまだ鏡文字になる。

椅子にじっと座るのが苦手。

知らない子の輪に入るのも時間がかかる。

この子は学校で困らないだろうか。

私の関わり方が足りなかったのではないか。

そんな考えが、頭の中で何度も回っていた。

当時の私は34歳。時短勤務で事務職をしながら、娘と夫の3人暮らし。教育熱心な母になりたいわけではなかった。

ただ、娘が困る姿を想像すると、何もしていない自分が責められている気がした。

子供の教育で不安が強くなったきっかけ

きっかけは、近所のママ友との何気ない会話だった。

「うちはもう時計も読めるようになったよ」

「入学前に計算は少しやっておいたほうが安心かも」

その人たちは親切で言ってくれたのだと思う。

でもその帰り道、私は娘の手を握りながら、急に焦り始めた。

家に帰ると、すぐに市販のワークを出した。

「ちょっとだけやってみよう」

娘は最初、うれしそうに鉛筆を持った。

でも、線からはみ出した文字を私が直そうとした瞬間、表情が曇った。

「もうやりたくない」

その言葉に、私は反射的に言ってしまった。

「小学生になるんだから、少しは頑張らないと」

娘は黙って、鉛筆を置いた。

その沈黙で、私はやっと自分が何をしているのか分かった。

娘のためと言いながら、私は自分の不安を娘に渡していた。

教育の不安を一度言葉にしてみた

その夜、夫に話した。

「私、娘ができないことを見ると怖くなる」

夫はすぐに励まさなかった。

少し考えてから、

「何が一番怖いの?」

と聞いた。

そこで初めて、自分の不安を分けて考えた。

勉強についていけないことが怖い。

友達の中で孤立することが怖い。

先生に怒られて自信をなくすことが怖い。

そして一番奥にあったのは、

「親の私がちゃんと準備してあげられなかった」と思うのが怖い、

という気持ちだった。

夫は言った。

「準備って、先に全部できるようにすることだけじゃないんじゃない?」

その言葉で、肩の力が少し抜けた。

私はいつの間にか、入学前に不安をゼロにすることを目標にしていた。

でも、子供の教育で本当に必要なのは、困った時に戻れる場所を作ることかもしれない。

家庭で始めた小さな対策

次の日から、勉強のやり方を変えた。

ワークを何ページも進めるのはやめた。

代わりに、生活の中で娘が自分から触れられる形にした。

買い物メモの一文字だけを書いてもらう。

時計を見て「長い針がここに来たら出発ね」と話す。

絵本を読んだあと、「どの場面が好きだった?」と聞く。

うまくできたかより、嫌いにならないことを大事にした。

最初は、これで本当に対策になるのか不安だった。

でも娘は少しずつ変わった。

ある朝、自分から冷蔵庫のメモを見て、

「牛乳って、うしの字?」

と聞いてきた。

正しくはない。

でも私は、その質問がうれしかった。

学ぶ入口は、机の上だけではなかった。

比べる相手を変えたら親の顔つきも変わった

一番難しかったのは、周りと比べないことだった。

ママ友の話を聞くと、今でも胸がざわつく。

できる子の話を聞けば、焦る。

早い子を見れば、遅れている気がする。

でもそのたびに、私は娘の少し前の姿を見るようにした。

先月は自分の名前を書く途中で泣いていた。

今は一文字だけでも笑って書ける。

知らない子に話しかけられると固まっていた。

今は小さな声で「いいよ」と言える日がある。

比べる相手を隣の子から昨日の娘に変えるだけで、見える景色が変わった。

娘も、私の顔色をよく見ていたのだと思う。

私が焦った顔をすると、娘は緊張する。

私が「間違えてもいいよ」と本当に思って言うと、娘は少し大胆になる。

子供の教育の対策は、教材を増やすことだけじゃなかった。

親の不安を、子供に背負わせない工夫でもあった。

入学後に娘が言ったこと

入学してしばらく経った日、娘が帰り道で言った。

「学校でわからないことあったけど、先生に聞けた」

私は思わず立ち止まった。

きれいに文字が書けたことより、計算が早くできたことより、その一言がうれしかった。

困った時に聞ける。

できない自分を隠さなくていい。

それは、私が入学前に本当に育てたかった力だったのかもしれない。

今も不安が消えたわけではない。

宿題で泣く日もあるし、友達の話で胸が痛む日もある。

それでも私は、前より慌てなくなった。

子供の教育に正解を探しすぎると、目の前の子供が見えなくなる。

私ができる対策は、完璧な道を用意することではなく、転びそうな時に一緒に立ち止まることだった。

あの日、鉛筆を置いて黙った娘の顔を、私は忘れない。

あの沈黙があったから、私は不安との付き合い方を変えられた。

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