「ただいまー」
玄関のドアを開けると、微かに煮物の匂いが漂ってくる。
靴箱の上には、義母が趣味で活けた花。
リビングのテレビからは、義父が好んで見る時代劇の音声が聞こえる。
私は、36歳のフルタイムワーママ。
結婚して5年目、夫の実家で義両親と「完全同居」をしている。
「おかえりなさい。ご飯、できてるわよ」
エプロン姿の義母が、キッチンから顔を出した。
「ありがとうございます。着替えたら手伝いますね」
私は笑顔で答えながら、逃げ込むように2階の自分たちの部屋へ向かった。
ドアを閉めた瞬間、大きなため息が漏れる。
「あー、疲れた」
仕事の疲れではない。
家に帰ってきてから始まる、「良い嫁」を演じるための気疲れだ。
見えない境界線
同居を始めたのは、長女が生まれたのがきっかけだった。
「家賃も浮くし、子供の面倒も見てもらえるから」という夫の提案に、私も深く考えずに賛成してしまったのだ。
確かに、物理的なメリットは大きい。
保育園のお迎えに行けない時は義母が代わってくれるし、夕食も作っておいてくれる日が多い。
でも、それと引き換えに、私は「家の中での自由」を失った。
休日の朝、パジャマのままでリビングに行くことは許されない。
義両親の目を気にして、休む間もなく掃除や洗濯に追われる。
冷蔵庫の中身も、勝手に配置を変えると嫌な顔をされるので、自分の買ってきた食材は隅の方に小さくまとめている。
家なのに、家じゃない。
常に他人の家にお邪魔しているような、息苦しい毎日だった。
夫の「いいとこ取り」
一番のストレスは、夫の態度だった。
同居しているのは「彼の実家」なのだから、彼にとっては世界一居心地の良い場所だ。
休日は昼過ぎまで寝て、起きてくれば「母さん、飯ある?」と完全に息子モード。
私が義母との些細な価値観の違い(例えば、子供への勝手なおやつの与え方など)で悩んで相談しても、夫はいつも同じ逃げ口上を口にする。
「まあまあ、母さんも悪気はないんだから」
「そんな細かいこと、気にしなきゃいいじゃん」
私と義母の間に立って調整するどころか、面倒なことからは逃げている。
夫は「親孝行している自分」と「家賃を浮かせている自分」に満足しているだけで、私の苦労なんて一つも分かっていなかった。
限界を迎えた日曜日の朝
ある日曜日の朝。
前日の仕事の疲れが抜けず、私は少しだけ寝坊してしまった。
慌てて1階に降りると、義母がすでに朝食の片付けを始めていた。
「おはようございます。遅くなってすみません」
私が謝ると、義母はニコリともせずに言った。
「いいのよ。疲れてるんでしょ?でも、〇〇君(夫)は朝からお腹すかせちゃって可哀想だったわ」
その言葉に、私の中で何かがプツンと切れた。
「……〇〇君は、大人ですよね?自分でお腹すいたなら、自分で何か食べればいいじゃないですか」
気づけば、言い返していた。
義母は驚いたように目を見開き、気まずい沈黙が流れた。
その空気を察したのか、リビングのソファでテレビを見ていた夫が慌てて飛んできた。
「おい、どうしたんだよ。母さんにそんな言い方……」
夫が私をたしなめようとした瞬間、私の怒りの矛先は夫に向いた。
「あなたがちゃんと間に入らないからでしょ!『母さんも悪気ない』って逃げてばっかり。ここはあなたの実家かもしれないけど、私の家でもあるはずなのに、全然くつろげない!」
義両親の前で、夫に向かって泣き叫んでいた。
長年溜め込んでいた黒い感情が、涙と一緒に全部溢れ出した。
「逃げない」夫への変化
その日の午後、夫と二人で近所のカフェに行き、真剣に話し合った。
私は、同居がどれだけストレスだったか、そして何より「夫が味方をしてくれないこと」が一番辛かったと伝えた。
「俺……そんなに追い詰めてるなんて、気づいてなかった。ごめん」
夫は深く反省し、そこから少しずつ変わってくれた。
義母が私にチクリと嫌味を言った時は、すかさず「俺がそうしてって頼んだんだよ」とかばってくれるようになった。
休日は、私を一人で外出させて、彼が子供と義両親の相手をしてくれる日もできた。
同居のリアル
同居のストレスが完全に消えたわけではない。
今でも、キッチンで肩が触れ合う距離感にイラッとすることもあるし、休日の朝は相変わらず気を遣う。
でも、夫が「自分の味方」として間に立ってくれるだけで、心の負担は驚くほど軽くなった。
同居を成功させる最大の鍵は、義両親との相性ではない。
「パートナーがいかに自分の味方になり、矢面に立ってくれるか」だ。
もし今、同居のストレスで一人泣いているお嫁さんがいたら。
義両親に文句を言う前に、まずは夫と徹底的に戦ってほしい。
板挟みから逃げる夫を、無理やりにでも当事者に引きずり込むこと。
それが、同居という過酷なサバイバルを生き抜くための、唯一の武器なのだから。