朝8時17分。
保育園の玄関で、3歳の息子が私のコートの裾を握ったまま離れなかった。
「ママ、今日も遅い?」
その一言で、私は靴箱の前で固まった。
当時の私は36歳。都内の広告会社で働く共働きの母で、夫は出社中心。朝は洗濯機を回しながら朝食を出し、息子の靴下を探し、メイクは駅のトイレで直すような毎日だった。
在宅勤務を考えたきっかけは、立派なキャリアプランでも、自由な働き方への憧れでもない。
ただ、息子の「今日も遅い?」に何も答えられなかったことだった。
在宅勤務を選ぶまでのリアルな迷い
正直、最初は怖かった。
会社で在宅勤務をしている人はいたけれど、私の部署ではまだ少数派だった。
「家でちゃんと仕事できるの?」
「子どもがいるから楽したいだけと思われない?」
そう考えるだけで、上司に相談する前から勝手に気まずくなっていた。
でもある日、決定的な出来事があった。
夕方、保育園から発熱の連絡が入り、私は打ち合わせ中にスマホの画面を見て青ざめた。
隣の席の後輩が小声で「先に行ってください」と言ってくれたのに、私は「あと10分だけ」と返してしまった。
その10分が、帰り道でずっと胸に刺さった。
仕事を大切にしたい。
でも、子どもがしんどい時にすぐ動けない自分も嫌だった。
どちらかを捨てたいわけじゃない。
ただ、今の働き方のままだと、私は毎日少しずつ何かを削っている気がした。
上司に相談した日のこと
翌週、私は上司に在宅勤務を増やせないか相談した。
声が震えた。
言い訳に聞こえないように、まず事実から話した。
通勤に時間がかかること。
保育園から急な連絡が来た時、対応が遅れやすいこと。
家で集中できる業務と、出社したほうがいい業務を分けられること。
最後に、こう言った。
「仕事を減らしたいのではなく、続けるために働き方を調整したいです」
上司は少し黙ってから、
「じゃあ、まず週2回で試してみよう」
と言ってくれた。
その瞬間、泣きそうになった。
許可されたことより、ちゃんと話してよかったと思えたことが大きかった。
家で働き始めて最初に崩れたもの
在宅勤務が始まれば、全部が楽になると思っていた。
でも現実はそんなにきれいじゃなかった。
初日は、洗濯物が目に入るたびに立ち上がり、昼休みに夕飯の下ごしらえをし、気づけば仕事と家事の境界線が消えていた。
夫は悪気なく言った。
「家にいるなら、荷物の受け取りお願いしていい?」
その一言で、胸の奥がざわついた。
家にいる。
でも休んでいるわけじゃない。
その説明を何度もするのが、想像以上に疲れた。
ある日の夕方、私は会議後にパソコンを閉じられず、キッチンで泣いた。
息子が積み木を持ってきて、
「ママ、お仕事まだ怒ってる?」
と言った。
怒っていたのは仕事じゃない。
自分の中で、仕事も家族も全部ちゃんとやろうとしていた私自身だった。
在宅勤務で変えた家族のルール
そこから、夫と小さなルールを作った。
私が在宅の日でも、勤務時間中は基本的に家事を頼まない。
昼休みは休む時間として扱う。
保育園対応は、予定表を見て夫婦で分ける。
最初はぎこちなかった。
夫も「どこまで頼んでいいのか分からなかった」と言った。
私はそこで初めて、勝手に我慢して、勝手に怒っていた部分にも気づいた。
察してほしい。
でも、察してもらう前に、見える形にする必要があった。
在宅勤務は、家族に優しい働き方というより、家族の認識のズレがはっきり見える働き方だった。
一番変わったのは夕方の空気
週2回でも、夕方の慌ただしさは少し変わった。
通勤がない日は、保育園のお迎えで息が切れない。
息子の話を「早くして」と遮らずに聞ける日が増えた。
「今日、だんごむし見つけた」
そんな話に、ちゃんと笑える自分が戻ってきた。
大げさな成功ではない。
部屋は散らかるし、会議中に宅配のチャイムが鳴るし、昼ごはんは残り物の日ばかり。
それでも、朝に息子から聞かれる言葉が変わった。
「ママ、今日はおうちでお仕事?」
そう言われるたびに、私は少しだけ救われる。
在宅勤務のきっかけは、限界に近い小さな一言だった。
でもその一言が、家族の時間と働き方を見直す入口になった。
完璧な働き方なんて、たぶんない。
ただ、自分のしんどさをなかったことにしない働き方は、選んでいい。
私は今も、その途中にいる。