洗濯物を「畳む」のをやめてカゴ収納にしたら圧倒的に楽になって家族の笑顔が増えた話

「あー、また洗濯物の山ができてる……」

リビングのソファにドサッと置かれた、乾いた洗濯物の山。
それを見るたびに、私は大きなため息をついていた。

私は、35歳の共働き主婦。
夫と、保育園に通う4歳と2歳の子供たちの4人暮らしだ。

毎日大量に出る洗濯物。
洗って、干して(あるいは乾燥機を回して)、そして「畳む」。

私にとって、この「畳む」という作業が、家事の中で最も嫌いで、最も苦痛な時間だった。

「畳まなきゃ」という呪縛

休日の午後。
子供たちが昼寝をしている貴重な時間。
私は録画したドラマを見るでもなく、コーヒーを飲むでもなく、ひたすら無心で洗濯物を畳んでいた。

夫のTシャツ、子供たちの小さなズボン、私のインナー。
シワにならないように広げて、端と端を合わせて、お店のディスプレイのように四角く畳んでいく。
そして、それを家族それぞれの引き出しに、種類ごとに分けてしまう。

「綺麗に畳まれた服を着せるのが、いいお母さん」
「引き出しの中が整っているのが、ちゃんとした主婦」

そんな「見えない呪縛」に、私はずっと縛られていた。

でも、せっかく綺麗に畳んで引き出しにしまっても、翌朝には夫が「あの靴下どこだっけ?」と引っかき回し、子供たちが「この服やだ!」と全部引っ張り出す。

一瞬でぐちゃぐちゃになった引き出しを見て、私の努力は毎回、数秒で無に帰していた。

限界を迎えた夜

ある平日の夜。
残業で帰りが遅くなり、夕飯とお風呂を済ませて子供たちを寝かしつけたのは、22時を回っていた。

疲れ果ててリビングに戻ると、そこには昨日の夜から放置された「乾いた洗濯物の山」が、ドーンと鎮座していた。

「……もう、無理」

私は、その場にへたり込んでしまった。
今からこれを畳んで、引き出しにしまって、明日の保育園の準備をする?
そんな気力は、1ミリも残っていない。

でも、畳まないと明日の朝、着る服がない。
シワシワの服を着せたら、「だらしない親だ」と思われるかもしれない。

私は泣きそうになりながら、洗濯物の山から子供たちの明日の服を探し出した。
そして、残りの服はそのまま放置して、ベッドに倒れ込んだ。

「畳む」のをやめる決断

翌朝、私が仕事の準備をしていると、夫が「俺の今日のシャツ、どこ?」と聞いてきた。
私はイライラしながら、「ソファの上の山の中にあるよ!」と怒鳴った。

夫は山の中から自分のシャツを引っ張り出し、「なんだ、シワシワじゃん」とボヤいた。

その一言で、私の中で何かが吹っ切れた。

「じゃあ、自分で畳んでよ!私だって疲れてるんだから!」

夫は驚いた顔をして黙り込んだ。
私はそのまま家を飛び出し、通勤電車の中で決意した。

「もう、洗濯物を畳むの、やめよう」

「ポイポイ収納」という革命

その週末、私はニトリで家族全員分の「大きめのカゴ」を4つ買ってきた。
そして、リビングの一角にそのカゴを並べた。

「今日から、乾いた洗濯物はそれぞれのカゴに放り込むだけにする!」
私が宣言すると、夫は「え、それだけ?」と目を丸くした。

そう、それだけだ。
タオル類や下着はカゴにポイポイ投げ入れるだけ。
シワになりやすいシャツやブラウスは、ハンガーにかけたままクローゼットに吊るすだけ。

「畳む」という工程を、家事から完全に消し去ったのだ。

シワよりも大切なもの

最初は、「本当にこれでいいのかな」と少し罪悪感があった。
子供たちのTシャツが、カゴの中で少しシワになっているのを見ると、「だらしないかな」と気になった。

でも、その罪悪感は、すぐに「圧倒的な楽さ」にかき消された。

洗濯物が乾いたら、カゴに振り分けるだけ。
所要時間は、わずか3分。
今まで30分かけてやっていた苦痛な作業が、たった3分で終わるのだ。

浮いた時間で、私は子供たちと一緒に絵本を読めるようになった。
休日の午後、昼寝の時間は、本当に自分のために使えるようになった。

「ママ、きょうはごきげんだね!」
カゴからシワの寄ったTシャツを引っ張り出しながら、娘が笑って言った。

その笑顔を見て、私は確信した。

シワのない完璧に畳まれた服を着せることよりも、シワがあっても笑顔のお母さんでいることの方が、子供にとってはよっぽど嬉しいんだ、と。

もし今、洗濯物の山を前にしてため息をついているお母さんがいたら。
勇気を出して、「畳む」のをやめてみてほしい。

家事の常識なんて、自分たち家族が笑顔でいられるように、どんどん書き換えてしまえばいいのだから。

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