「……ねえ、これ、本当にリビングに貼るの?」
休日の午後。
壁紙用のマスキングテープを片手に、私は絶望的な気分で夫に尋ねた。
夫の隣で、5歳の息子は目をキラキラさせている。
その手には、付録の「ひらがな表」と、原色の戦隊モノの巨大ポスターが握られていた。
私は、32歳の専業主婦。
結婚を機に引っ越したこのマンションで、ずっと「北欧風のナチュラルなインテリア」を目指してきた。
白と木目を基調とした家具。
壁には、お気に入りの北欧ブランドのアートポスターを一枚だけ。
その完璧な空間に、蛍光色の「あいうえお表」と、赤いヘルメットを被ったヒーローが侵入しようとしていた。
「映える部屋」への執着
「子供部屋に貼ればいいじゃない。どうしてわざわざリビングなの?」
私が抵抗すると、夫はあっさりと言った。
「だって、リビングで過ごす時間が一番長いんだから、目につくところに貼った方が覚えるだろ?お前、インテリアのことしか考えてないの?」
その言葉に、私はぐうの音も出なかった。
確かに、子供がひらがなに興味を持ち始めたのは良いことだ。
でも、私の理想の部屋が台無しになる。
SNSにアップする時、あの原色のポスターが写り込んだらどうしよう。
ママ友が遊びに来た時、「あー、やっぱり子供がいるとこうなるよね」って思われるかもしれない。
私は、「子供の成長」よりも「自分の見栄」を優先してしまっている自分に嫌悪感を抱きながらも、どうしてもポスターを貼ることに納得できなかった。
妥協と譲歩の境界線
結局その日は、私があまりにも不機嫌だったため、夫が気を遣って「子供部屋のドアの裏」という微妙な位置にポスターを貼ることで妥協した。
でも、息子の落胆した顔を見て、私の心はズキズキと痛んだ。
「せっかくパパと貼るの楽しみにしてたのに……」
夜、寝顔を見ながら、私は自分の狭量さを反省した。
私が守りたかったのは、「北欧風の美しいインテリア」だ。
でも、その部屋に住んでいるのは、私だけじゃない。
夫も、息子も、みんなの家だ。
私の「理想」を押し付けることで、家族が「自分の家なのにくつろげない」と感じているなら、それは本末転倒じゃないか。
インテリアの主役を交代する
翌日、私はホームセンターで「シンプルなデザインのあいうえお表」を探してみた。
でも、どれも息子が興味を持ちそうなものではなかった。
やっぱり、子供にとってはあの「原色の派手なやつ」が一番魅力的なのだ。
家に帰り、私は思い切った行動に出た。
北欧のアートポスターを壁から外し、代わりに、昨日息子が持っていた「戦隊モノのポスター」と「ひらがな表」をリビングのど真ん中に貼ったのだ。
保育園から帰ってきた息子は、それを見るなり大歓声を上げた。
「ママー!これ、パパと貼るやつだ!なんでここにあるの!?」
「パパが帰ってくるまで待てなくて、ママが貼っちゃった。かっこいいでしょ?」
息子はポスターの前にへばりつき、「あ、い、う……」と指をさしながら読み始めた。
その姿を見て、私は確信した。
これが、今の我が家にとって「一番美しいインテリア」なのだと。
「期間限定」のインテリアを楽しむ
今、我が家のリビングは、お世辞にも「おしゃれ」とは言えない。
原色のポスターの横には、息子が描いた謎の抽象画が並び、床にはカラフルなジョイントマットが敷き詰められている。
SNSの「#丁寧な暮らし」には絶対に乗せられない、生活感100%の空間だ。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ、このごちゃごちゃした部屋を見ると、「ああ、家族みんなでここで生きてるんだな」という温かい気持ちになる。
子供が戦隊モノのポスターを喜ぶのも、壁に絵を貼りたがるのも、きっとあと数年だけ。
彼が中学生や高校生になったら、私が頼んでも、リビングには自分のものを置いてくれなくなるだろう。
「生活感のない美しい部屋」にするチャンスは、将来いくらでもある。
今は、この「期間限定のインテリア」を、家族みんなで思い切り楽しもうと思う。
もし、かつての私のように、「おしゃれな部屋」と「子供の持ち物」の間で葛藤している人がいたら。
少しだけ、妥協してみてもいいかもしれない。
壁紙の色と合わなくても、テイストが違っても、子供の最高の笑顔が加われば、それはどんな高級な家具よりも素敵な「インテリア」になるのだから。