押し付け合いのPTAから逃げる勇気を持ったら心の平穏を取り戻した話

「それでは、今年の役員を決めていきたいと思います」

保護者会が始まった瞬間、教室の空気がスッと冷たくなったのを感じた。
下を向く人、スマホをいじり始める人、急にプリントを読み込む人。

私は、40歳のパート主婦。
長男が小学2年生になり、初めてのクラス替え後の保護者会に参加していた。

「誰か、立候補してくださる方はいらっしゃいませんか?」

担任の先生の声が虚しく響く。
もちろん、誰も手を挙げない。

「では、くじ引きで決めさせていただきますね」

その言葉が出た瞬間、教室に安堵と緊張が入り混じった妙な空気が流れた。
私は心の中で「どうか当たりませんように」と必死に祈っていた。

でも、そんな祈りはあっさりと裏切られる。

「……15番の、田中さん」

呼ばれたのは、私だった。

押し付け合いの地獄

「あ、あの、私、下の子がまだ小さくて……」
「パートのシフトが……」

言い訳をしようとしたが、周りのママたちの「よかった、私じゃなくて」という冷ややかな視線に遮られた。
結局、私は「広報委員」という、一番面倒だと言われている役員を引き受けることになってしまった。

それからの日々は、まさに地獄だった。

LINEグループでの終わらないやり取り。
「このデザインだと字が小さすぎる」という、OBからの謎のダメ出し。
平日の昼間に設定される、終わりの見えない会議。

一番辛かったのは、一緒に役員になったメンバーとの温度差だった。

「私、パソコン苦手なんで、田中さんお願いしていいですか?」
「あー、その日は仕事休めないんで、代わりに出といてください」

次々と仕事を押し付けてくる人たち。
「みんな忙しいのは同じなのに、どうして私ばっかり」という不満が、毎日少しずつ溜まっていった。

限界突破と謎の涙

ある日の夜。
明日の会議に向けて、深夜まで広報誌のレイアウトを手直ししていた。

夫は飲み会で遅く、子供たちは寝静まっている。
暗いリビングで、パソコンの画面だけが明るく光っていた。

「……なんで私、こんなことやってるんだろう」

無給で、誰からも感謝されず、ただ文句だけ言われる仕事。
何のために、自分の睡眠時間を削ってまでやっているのかわからなくなった。

突然、キーボードを打つ手が止まり、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
悲しいのか、悔しいのか、虚しいのか。
自分でもよくわからない感情だった。

翌朝、起きてきた夫に泣きはらした顔を見られ、「どうしたの?」と驚かれた。

「もう、PTAやめたい。なんで私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの」

私が泣きながら訴えると、夫は少し困った顔をしてから、こう言った。

「やめればいいじゃん。そんなに辛いなら」

「逃げる」勇気

夫のその一言で、私はハッとした。

「やめる」なんて選択肢、私の中には全くなかった。
一度引き受けたからには、最後までやり遂げなきゃいけない。
途中で投げ出したら、周りのママたちから何を言われるかわからない。

そんな「見えないプレッシャー」に、自分で自分を縛り付けていただけだった。

次の日、私は勇気を出して、PTAの会長に電話をかけた。

「申し訳ありません。家庭の事情と、私自身のキャパシティの限界で、これ以上役員を続けることができません」

電話をかけるまでは、手が震えるほど緊張した。
でも、いざ口に出してみると、驚くほど心が軽くなった。

会長は少し戸惑っていたけれど、「無理はしないでくださいね」と受け入れてくれた。

「いいお母さん」の呪縛を解く

その後、私はPTAの役員を辞任した。
周りのママたちからは、きっと「途中で投げ出した無責任な人」と思われているだろう。
挨拶をしても、よそよそしい態度をとられることもある。

でも、私は後悔していない。

役員を辞めてから、夜にパソコンに向かう時間がなくなった。
その分、子供たちと一緒に寝落ちできるようになった。
休日に「また会議か……」とため息をつくこともなくなった。

「いいお母さん」でいるために、自分を犠牲にする必要はない。
周りの目を気にして、無理をして笑っているお母さんより、少し無責任でも、家で心から笑っているお母さんのほうが、子供にとってはきっと嬉しいはずだから。

PTAは、本来「子供たちのため」にあるものだ。
でも、その活動のせいで親が疲弊し、家庭から笑顔が消えてしまうなら、それは本末転倒だと思う。

もし、かつての私のように、PTAの重圧に押し潰されそうになっているお母さんがいたら。

「逃げる」勇気を持ってほしい。
あなたの心と体を削ってまで、やらなきゃいけないことなんて、この世には一つもないのだから。

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