休日のすれ違いと会話のない夫婦。私が「家族揃って」という理想を手放した理由

「ねえ、今度の日曜日、どこか行く?」

夕食の片付けを終えて、リビングのソファでスマホゲームに夢中になっている夫に、私はさりげなく声をかけた。

「んー、特に予定ないけど。どうして?」

画面から目を離さずに答える夫の横顔を見て、私の中でまた、あの重苦しい感情が湧き上がってきた。

35歳、共働きで小学1年生の息子と、幼稚園年中の娘を育てている。
平日は、朝から晩まで仕事と家事、育児に追われ、夫婦でゆっくり話す時間なんて皆無だ。
だからこそ、休日は家族揃って過ごしたい。
それが私の願いだった。

でも、現実は違った。

休日の朝、私が早起きして朝食を作り、子供たちの面倒を見ている間も、夫は昼過ぎまで寝室から出てこない。
ようやく起きてきても、ソファでスマホをいじったり、テレビを見たりするだけ。
「公園に行こうか」と提案しても、「疲れてるから」「お前たちで行ってくれば」と、重い腰を上げようとしない。

たまに家族で出かけても、夫はどこか上の空。
ショッピングモールで私が子供の服を選んでいる間も、「早くしてよ」と急かしたり、
スマホばかり見ていたりして、会話が全く弾まないのだ。

いつの間にか、私たち夫婦の休日は、ただ「同じ家の中にいるだけ」のすれ違いの時間になっていた。

「会話がない」休日の息苦しさと、私の孤独

「……別に。どっか行きたいとこあるなら、連れてってあげるけど」

夫の言葉に、私は深くため息をついた。
「連れてってあげる」という言い方が、すでに「家族の行事」ではなく「私の要望に付き合ってやる」というスタンスを表しているようで、カチンときた。

「あのね、私が行きたいんじゃなくて、子供たちがパパと一緒に遊びたいって言ってるの。
平日全然遊べないんだから、休日くらい家族で一緒に過ごしたいでしょ?」

少し棘のある言い方になってしまったけれど、私の不満はそれだけ限界に達していた。

夫はスマホから顔を上げ、面倒くさそうに私を見た。

「だから、どこ行きたいのって聞いてるじゃん。俺だって疲れてるんだよ。平日は夜遅くまで働いて、休みの日は家族サービスしろって、ちょっとキツくない?」

「家族サービス」
その言葉が、私の心に鋭く突き刺さった。

「家族サービスって何? 家族と過ごす時間を『サービス』って思ってるの?
私だって平日働いてるし、土日も休まず家事してる。私には『休み』なんてないんだよ!」

感情が爆発し、私は思わず声を荒げてしまった。
夫は呆れたように舌打ちをして、再びスマホに視線を落とした。

「……もういいよ。好きにしてくれ」

その冷たい言葉と態度に、私は絶望的な孤独を感じた。
同じ部屋にいるのに、私たちの心は全く別の方向を向いている。
会話がない休日は、一人でいる時よりもずっと息苦しくて、悲しかった。

数日後、私はママ友とのランチで、この悩みを打ち明けた。
「うちの旦那、休日もスマホばっかりで全然会話がないの。休みのたびにイライラしちゃって……」

すると、ママ友の一人が、思いがけないことを言った。

「うちも昔そうだったよ。でもね、思い切って『休日は別行動』にしてみたら、すっごく楽になったの」

「別行動?」

「そう。土曜日は旦那が子供と出かけて、私は家で一人時間。日曜日は私が子供と出かけて、旦那は一日ゲーム三昧。
無理に『家族揃って』ってこだわるから、お互いイライラするんだよ」

ママ友の言葉に、私は目から鱗が落ちるような気がした。

「家族全員」という呪縛を手放す

私はずっと、「休日は家族全員で仲良く過ごすもの」という理想に囚われていた。
SNSで見かける、笑顔でピクニックや旅行を楽しむ「幸せそうな家族」の姿に、無意識のうちにプレッシャーを感じていたのだ。

でも、夫婦だって元は他人。
疲労の度合いも、休日の過ごし方の理想も、違って当たり前なのだ。

私は、夫に「休日の別行動」を提案してみることにした。

「ねえ、次の土曜日、あなた一人でゆっくり休んでいいよ。私、子供たち連れて実家に帰るから」

私がそう言うと、夫は驚いたように目を丸くした。

「え? 本当に? 怒ってない?」

「怒ってないよ。毎日仕事大変だし、休みたいでしょ。その代わり、日曜日は子供たちを公園に連れてって。私、一人で美容院に行きたいから」

夫は少し戸惑いながらも、「……わかった。ありがとう」と、素直に頷いた。

その週末、私は子供たちを連れて実家に帰り、羽を伸ばした。
そして日曜日は、夫が約束通り子供たちを大きな公園へ連れて行ってくれた。
私は久しぶりに一人で美容院に行き、ゆっくりとカフェでコーヒーを飲む時間を持てた。

夕方、公園から帰ってきた夫と子供たちは、日焼けして泥だらけだったけれど、とても楽しそうな顔をしていた。

「パパ、今日ね、一緒にボール蹴ったんだよ!」
「そうそう、パパ、すっごい遠くまでボール蹴れるんだよ!」

子供たちが興奮気味に話すのを聞きながら、夫も照れくさそうに笑っていた。
「いやー、久しぶりに体動かしたら疲れたわ」

その日の夕食は、久しぶりに家族全員の会話が弾んだ。
「お互いに一人の時間を持てた」という余裕が、私たちからイライラを消し去ってくれたのだ。

休日は、必ずしも「家族全員」で過ごさなければならないわけじゃない。
時には距離を置き、それぞれの時間を楽しむことで、また笑顔で向き合えるようになる。

「すれ違い」を恐れて無理に一緒にいるよりも、
お互いの「休みたい」「一人の時間が欲しい」という気持ちを尊重し合うこと。
それが、私たち家族にとっての、新しい「休日の過ごし方」の正解だった。

今では、我が家の休日は「別行動」が基本だ。
でも、だからこそ、たまに家族全員で出かける時の楽しさは格別になった。
会話のない重苦しい休日は、もう二度とごめんだ。

→[PR]関連商品を見る

タイトルとURLをコピーしました