新学期が始まってすぐの、あの重苦しい空気。
体育館に集められた保護者たち。
パイプ椅子に座りながら、誰もが目を伏せている。
「それでは、今年度のPTA役員を決めていきたいと思います」
司会の声が響いた瞬間、体育館の温度が2度くらい下がった気がした。
みんな、息を潜めている。
目を合わせたら負けだ。そんな無言のプレッシャーが充満している。
私は手元のプリントを意味もなく見つめていた。
パートのシフトはギリギリで回しているし、下の子はまだ小1になったばかりで手がかかる。
毎日の家事と仕事と育児だけで、すでに私の容量はオーバーヒート寸前だった。
「今年は絶対に無理。誰か、お願いだから引き受けて」
心の中でそう何度も唱えていた。
「私、忙しいので」という魔法の言葉
「どなたか、立候補される方はいらっしゃいませんか?」
しーんと静まり返る体育館。
1分が、1時間のように長く感じる。
時計の針の音すら聞こえそうな静寂の中、耐えきれなくなった司会が、「では、くじ引きで……」と言いかけた時だった。
スッと、前列の席の母親が手を挙げた。
「あの、私、フルタイムで働いていて帰りが遅いので、役員はちょっと……」
その一言が、パンドラの箱を開けた。
「私も、親の介護があって家を空けられなくて」
「うちは下に未就園児がいるので、会議に参加するのは厳しいです」
「今年は町内会の役員もやっていて、これ以上はキャパオーバーなんです」
次々と手が挙がり、できない理由のオンパレードが始まった。
誰もが必死だった。
自分の生活を守るために。自分の家族を守るために。
でも、その言葉の裏にある「だから他の誰かがやってよ」という無言の押し付け合いに、私はどんどん息苦しさを感じていた。
逃げられない重圧と自己嫌悪
「みなさん、それぞれご事情があるのは同じです。でも、誰かがやらなければ、子供たちの学校行事は成り立ちません」
司会の声が少し尖った。マイクを通したその声は、体育館の壁に反響して私たちに突き刺さる。
その通りだ。誰もが分かっている。
秋の運動会も、冬の音楽発表会も、誰かが裏方として動いてくれるからこそ子供たちは笑顔で参加できる。
頭では理解しているのに、どうしても手が挙がらない。
ふと、隣に座っていた母親と目が合った。
彼女は困ったように微笑んで、小さくため息をついた。
「なんだか、嫌な空気ですね。みんな事情があるのは一緒なのに」
その言葉に、私は思わず頷いた。
押し付け合いの醜さに、自分自身も加担している気がして激しい自己嫌悪に陥る。
こんな大人たちの姿を、もし子供たちが見たらどう思うだろう。
「自分がよければそれでいい」という空気が、たまらなく嫌だった。
沈黙を破った一言
さらに10分が経過した。
もう、誰も立候補しない。くじ引きしかない。
全員がそう諦めかけ、下を向いてくじの箱が回ってくるのを待っていた時。
「あの」
教室の後ろの方から、少し震える、でもはっきりとした声が響いた。
立ち上がったのは、いつも控えめで、あまり保護者の輪に入ってこない印象の母親だった。
「私、やります」
体育館の空気が、一瞬で変わった。
張り詰めていた糸が切れたように、安堵の空気が波のように広がっていく。
「あぁ、これで助かった」という空気が、残酷なくらいはっきりと感じられた。
「でも、一つだけお願いがあります」
彼女は言葉を続けた。体育館中の視線が彼女に注がれる。
「私はパソコンがとても苦手で、お知らせのお手紙や資料の作成は絶対にできません。それに、車の運転もできないので買い出しも難しいです。
できることは一生懸命やりますが、できないことは誰かに助けてほしいです。一人で全部は、抱えきれません」
その言葉は、驚くほど真っ直ぐで、私の胸の奥深くに刺さった。
完璧じゃなくていいという気づき
私たちは、「役員を引き受けたら全部完璧にやらなきゃいけない」と思い込んでいた。
会議には全て出席し、完璧な資料を作り、行事の当日は朝早くから夕方まで働き詰め。
そんな「完璧な役員像」を勝手に作り上げ、勝手に怯えて、だから逃げていたんだ。
「……パソコンでの書類作りなら、私、仕事で毎日やってるのでできます。夜に自宅で作業する形でもよければ」
思わず、私の口からそんな言葉が出ていた。
自分でも驚いた。あんなに逃げたかったのに。
でも、彼女の「助けて」という素直なSOSを聞いたら、自分にできることくらいは提供したいと自然に思えたのだ。
「私も、週末の力仕事とかなら夫を巻き込んで手伝えます」
「行事の当日の受付くらいなら、仕事の休みを取って来れます。全部は無理だけど、スポットでなら」
次々と、協力の声が上がり始めた。
先ほどまでの、重苦しい押し付け合いの空気が嘘のように、温かく前向きな空気が体育館を包み込んでいく。
分担すれば、怖くない
結果として、その年は「役員」という肩書きを持つ人は最小限になった。
その代わりに、得意なことや参加できる時間帯を細かくアンケートで取り、行事ごとにボランティアを募る「細分化された分担制」のような形に落ち着いた。
一人で全部を背負う必要なんて、最初からなかったのだ。
「できない」と正直に言う勇気と、「ここならできる」と手を差し伸べる少しの優しさがあれば、なんだって乗り越えられる。
学校行事があるたびに、私はあの日の彼女の言葉を思い出す。
「できないことは、助けてほしい」
その素直なSOSが、私たちの心を動かし、カチカチに固まっていた「べき論」を壊してくれた。
完璧な母親なんていない。全部できるスーパーマンなんていない。
できない部分は、みんなでパズルのピースのように補い合って、助け合えばいい。ただそれだけのことだったんだ。