「あ、それ知ってる!うちの子も通ってるプログラミング教室だよね」
幼稚園の近くにあるおしゃれなカフェ。
ママ友4人でのランチ会中、向かいに座るAさんが得意げに言った。
隣のBさんが「えー、すごい!うちまだ何もやらせてなくて……」と身を乗り出す。
私は34歳。幼稚園の年少の息子を育てている。
月に一度のペースで開催される「ママ友ランチ会」。
最初は、育児の悩みを共有できる貴重な場だと思って楽しみにしていた。
でも最近は、この会が終わった後、決まってどっと疲労感に襲われる。
見えない「マウント」の応酬
ランチ会での会話は、一見和やかだ。
「最近言うこと聞かなくて困っちゃう〜」なんていう愚痴から始まる。
でも、そこから必ずと言っていいほど、絶妙な「マウント」が混ざってくるのだ。
「うちの子も全然言うこと聞かないの!この前も、ハワイ旅行の飛行機の中でずっとぐずってて大変だったんだから」
「わかるー!うちも、こないだの星野リゾートで……」
愚痴に見せかけた、家族旅行の自慢。
「うちの子、ひらがな全然読めないのよー」
「えっ、ほんとに?うち、何も教えてないのに最近自分で絵本読み始めちゃって。逆に心配になっちゃう」
謙遜に見せかけた、子供の成長自慢。
私は、愛想笑いを浮かべながらパスタをくるくるとフォークに巻きつける。
「へえ、すごいね」「ハワイいいなー」と相槌を打つたびに、自分の中のエネルギーがゴリゴリと削られていくのを感じる。
我が家は、普通の共働き家庭だ。
海外旅行なんて行けないし、息子はまだ自分の名前すら読めない。
休日は近所の公園で泥だらけになって遊んでいるだけだ。
「私、息子にもっと色んな経験させてあげた方がいいのかな……」
ランチ会の帰り道、自転車を漕ぎながら、いつもそんな焦りと自己嫌悪に陥っていた。
疲労の正体は「比べられること」への恐怖
ある日、またランチ会の誘いがLINEのグループに送られてきた。
画面を見た瞬間、胃の奥がギューッと重くなった。
行きたくない。
でも、「私だけハブられたらどうしよう」「息子が幼稚園で仲間外れにされたら……」という恐怖が頭をよぎる。
結局、私は「行きます!」と返信スタンプを押してしまった。
その日のランチ会も、相変わらずのマウント合戦だった。
Aさんが、最近買ったというブランド物のバッグを「これ、夫が急にプレゼントしてくれて困っちゃった」とテーブルに置く。
私は、通販で買った3000円のバッグをそっと自分の背中の後ろに隠した。
その時、ふと隣を見ると、いつもニコニコしているCさんが、全く会話に入らずに黙々とハンバーグを食べていた。
Cさんは、私と同じように普通のパート主婦で、いつも服装もシンプルだ。
ランチの後、たまたま帰り道が一緒になったCさんに、私は思い切って本音をこぼしてみた。
「なんか最近、ランチ会に行くと疲れちゃって……」
するとCさんは、あっけらかんとした笑顔でこう言った。
「わかる!私、今日のランチ会で最後にするつもりなんだよね」
「自分軸」を持つ人の強さ
「えっ、最後って……グループ抜けちゃうの?」
驚く私に、Cさんは頷いた。
「うん。なんかさ、あそこにいると『うちの子、遅れてるのかな』とか『もっと良いもの買わなきゃ』って焦っちゃうんだよね。でも、よく考えたら、よそはよそ、うちはうちじゃん?」
Cさんの言葉は、あまりにもシンプルで、だからこそ私の心に深く刺さった。
「私、ハワイには行けないけど、休日に家族で焼肉食べに行くのがすっごく楽しいの。子供も、今はひらがな読めないけど、毎日元気に笑ってるからそれで十分。誰かと比べて落ち込むために、高いランチ代払うのバカらしくなっちゃって」
そう言って笑うCさんは、ブランドバッグを持っていなくても、最高にかっこよかった。
私はハッとした。
私が疲れていたのは、Aさんたちのマウントのせいだけじゃない。
「自分軸」を持てず、周りの基準に振り回されて勝手に落ち込んでいた「自分自身」に疲れていたのだ。
「行かない」という選択肢
その日の夜、私はLINEのグループチャットを開いた。
次回のランチ会の候補日が送られてきている。
いつもなら、無理をしてでも予定を合わせていた。
でも今回は、深呼吸をしてからこう打ち込んだ。
「ごめんね、その日はちょっと予定があって行けないんだ。また今度ね!」
送信ボタンを押した瞬間、少しだけ手が震えた。
でも、不思議と後悔はなかった。
それから、私はランチ会への参加をフェードアウトしていった。
最初は「何か言われてるかな」と不安だったけれど、幼稚園での挨拶や立ち話は普通に続くし、息子のお友達関係にも全く影響はなかった。
ランチ会に行かなくなったことで浮いたお金で、私は週末に家族で少しだけ良いお肉を買って、家で焼肉パーティーをした。
煙で部屋中が臭くなったけれど、息子は「お肉おいしい!」と大喜びで、夫もビールを飲んでご機嫌だった。
誰かに自慢するための「ハワイ旅行」じゃない。
私の幸せは、この煙たいリビングの中にある。
もし今、ママ友のランチ会でマウントに疲れ、行きたくないのに無理をして参加している人がいるなら。
一度、その輪から勇気を出して一歩引いてみてほしい。
「よそはよそ、うちはうち」
そのシンプルな言葉を胸に刻むだけで、他人のマウントはただの「BGM」に変わる。
あなたの大切な時間とお金を、誰かと比べて疲れるために使うのはもうやめよう。
「自分軸」を取り戻した時、あなたの世界は驚くほど穏やかで、自由になるはずだから。