「あー、やっと着いた」
助手席で大きく伸びをする夫の横で、私は重い溜息を飲み込んだ。
お盆休み。
車で3時間かけて到着したのは、夫の実家だ。
私は、34歳のフルタイムワーママ。
普段は仕事と育児に追われ、せっかくの長期休みくらいは家でゴロゴロして体を休めたい。
それなのに、毎年お盆とお正月には、有無を言わさず「義実家への帰省」という名の修行が組み込まれている。
休まらない「休日」
「いらっしゃい!〇〇ちゃん(孫)、大きくなったわね!」
玄関で出迎えてくれた義母は、子供たちを抱きしめた後、私に向かってニコリともせずに言った。
「さ、お昼の準備するわよ。手伝って」
到着して5分。
私は荷解きもそこそこに、エプロンをつけてキッチンに立たされた。
義実家のキッチンは、私にとっては「完全なアウェー」だ。
お皿の場所も、調味料の場所も分からない。
「お義母さん、お玉はどこですか?」と聞くたびに、「そこよ、そこ!」と苛立った声が返ってくる。
私がキッチンで冷や汗をかきながら天ぷらを揚げている間、リビングからはテレビの音と、夫の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「母さんの唐揚げ、やっぱり最高だな!ビール取って!」
夫は、完全に「実家に帰ってきた息子」モードだ。
私を気遣うそぶりなんて、1ミリもない。
「嫁」という名の労働力
お昼ご飯が終わっても、私の労働は終わらない。
親戚が次々と挨拶に訪れ、その度にお茶を淹れ、お菓子を出し、食器を洗う。
座る暇なんてない。
その間も、親戚のオバちゃんたちからの「無神経な質問」という名の爆撃が続く。
「〇〇ちゃん(私)、少しふっくらした?二人目は?」
「仕事ばかりしてないで、もっと家事を頑張らないと、旦那さんが可哀想よ」
愛想笑いを浮かべながら、「そうですね」と頷くしかない私。
夫は隣でヘラヘラ笑いながら、「こいつ、家では全然料理しないんですよ」と冗談めかして私の株を下げる。
怒りと悲しみで、頭がおかしくなりそうだった。
帰りの車での決意
2泊3日の修行を終え、帰りの車の中。
「あー、やっぱり実家はリラックスできるなー。最高のリフレッシュになったわ」
運転席でご機嫌にそう言った夫の一言が、私の心の導火線に火をつけた。
「……リフレッシュできたのは、あなただけでしょ」
低い声で呟いた私に、夫は「え?」と振り返った。
「私は朝から晩までキッチンに立って、気を遣って、座る暇もなかった!あなたの親戚に嫌味を言われても、あなたは庇ってもくれなかった!こんなの、全然休みじゃない!」
車内に重い沈黙が流れた。
私は涙を拭いながら、はっきりと宣言した。
「もう、私、次のお正月は行かない。あなたと子供たちだけで帰って」
「行かない」という選択の向こう側
数ヶ月後。お正月がやってきた。
夫は最初は「お前が来ないと親戚に何か言われる」と渋っていたが、私の「じゃあ私と一緒に私の実家で3日間過ごせる?」という一言で黙り込んだ。
そして、夫と子供たちだけが義実家へ向かった。
誰もいなくなった、静まり返ったリビング。
私は、一人でソファに大の字に寝転がった。
「……最高」
見たいテレビを誰にも気兼ねなく見る。
お昼ご飯は、カップラーメンで済ませる。
時間を気にせず、お風呂にゆっくり浸かる。
結婚して以来、初めて味わう「真の休日」だった。
良い嫁を演じるのをやめる
正月明け、夫と子供たちが帰ってきた。
「ただいま。なんか、俺一人だとめちゃくちゃ疲れたわ。母さんも色々大変なんだな」
夫はゲッソリした顔でそう言った。
子供の世話と、親戚の対応を一人でこなして、ようやく私の苦労が少しは分かったらしい。
義実家には「風邪を引いてしまった」と嘘をついたけれど、きっと「愛想の悪い嫁」だと思われているだろう。
でも、もうどうでもよかった。
「良い嫁」を演じて自分の心をすり減らすくらいなら、「ちょっと変わったお嫁さん」と思われた方が、何百倍もマシだ。
もし今、お盆やお正月の帰省が憂鬱で、ため息をついているお母さんがいたら。
「行かない」という選択肢を、自分に許してあげてほしい。
家族だからといって、必ずしも一緒に帰省しなければいけないルールなんてない。
あなたの心と体を守れるのは、あなただけなのだから。