子育てで自己嫌悪になった日 ゲーム中に怒りすぎた私の向き合い方

夕方のリビングで、息子がゲームのコントローラーを握りしめたまま動かなくなった。私は台所で味噌汁を温め直しながら、何度も「もう終わりにして」と言っていた。返事はある。でも画面は消えない。時計を見るたびに胸の奥がざらついて、ついに自分でも驚くくらい大きな声が出た。

ゲームをやめない子どもに怒りすぎた夜

その日、私は仕事の連絡、洗濯物、夕飯、明日の持ち物確認で頭がいっぱいだった。小学三年生の息子は、友達と約束した時間だけゲームをすると言っていたのに、終わりの合図を何度も先延ばしにしていた。

「約束したでしょ」

最初は普通に言えた。けれど、三回目には声が硬くなり、五回目には自分の都合の悪さまで全部ぶつけていた。

「なんでいつもそうなの。もう知らない」

言った瞬間、息子の肩が小さくすぼんだ。画面の中の音だけが明るくて、部屋の空気が急に冷たくなった。私は勝ったような顔をしてゲーム機を取り上げた。でも本当は、何にも勝っていなかった。

自己嫌悪は叱った直後ではなく、静かになった後に来る

食卓に並んだご飯を、息子はほとんど無言で食べた。夫が「今日は疲れてる?」と聞いても、首を振るだけ。私はその横顔を見ながら、さっきの自分の声を何度も思い出していた。

子育てで怒ること自体が全部悪いとは思っていない。危ないことをした時、約束を破った時、伝えなければいけないことはある。けれど、その日の私は「教える」より「黙らせる」ために怒っていた。

そこに気づいた時、胸が痛くなった。

私は台所で食器を洗いながら、蛇口の音にまぎれて小さくため息をついた。怒りすぎた後の自己嫌悪は、誰かに責められたから苦しいのではなく、自分が一番よくわかっているから苦しい。あの言い方は違った。あの目つきは怖かった。あの一言は余計だった。頭の中で何度も巻き戻される。

謝るのは親の負けではなかった

寝る前、息子の部屋に行った。ゲームの話をするのが怖かった。謝ったら、これからも甘く見られるのではないか。親としての線引きが崩れるのではないか。そんな考えもよぎった。

でも、布団の中でこちらを見ない息子に向かって、私は言った。

「さっきは怒りすぎた。怖い言い方をしてごめん」

息子は少しだけこちらを見て、「でも、ぼくも約束守らなかった」と言った。その一言で、張りつめていたものがほどけた。謝ったからといって、約束が消えるわけではなかった。むしろ、やっと話し合える場所に戻ってこられた気がした。

ゲームのルールを親だけで決めない

翌日、私は息子と一緒にルールを書き直した。平日は宿題と明日の準備が終わってから。終わる十分前に声をかける。区切りの悪い場面なら、どこまでで終えるか本人が言う。守れなかった日は、翌日の時間を短くする。

前と大きく違ったのは、私が一方的に決めなかったことだった。息子にとってゲームは、ただの暇つぶしではなく、友達との会話であり、うまくなりたい遊びでもある。そこを全部否定されたら、反発したくなるのも当然だった。

私は「ゲームが嫌い」なのではなく、「生活が崩れるのが不安」だった。その不安を怒鳴り声に変えると、息子には伝わらない。だから言葉を変えた。

「お母さんは、寝る時間が遅くなるのが心配」

それだけで、話の温度が少し下がった。

怒りそうな時は、先に距離を取る

それから私は、限界が近い時ほどすぐ注意しないようにした。もちろん放置するわけではない。言葉を選べない状態で近づくと、また同じことを繰り返すからだ。

一度台所に戻る。水を飲む。時計ではなく、息子の画面を見て区切りを確認する。それから「あとここまでで終わろう」と言う。たったそれだけでも、怒鳴る回数は減った。

子育てで自己嫌悪になる日は、これからもあると思う。私は完璧な親ではないし、疲れていれば声も荒くなる。でも、怒りすぎた日を「もう私はだめだ」で終わらせないことはできる。

謝る。ルールを見直す。自分の不安を言葉にする。子どもの好きなものを敵にしない。

あの日、ゲーム機を取り上げた時の私は、息子を変えようとしていた。でも本当に必要だったのは、親子で戻れる会話の場所を作ることだった。今でもゲーム終了の時間になると、心がざわつく日はある。それでも私は、あの夜の自己嫌悪を思い出して、声を一段だけ低くする。

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