「……あ、また見つけちゃった」
朝の洗面所。
慌ただしく髪をとかしている最中、鏡の中の自分と目が合い、私は思わず手を止めた。
頭頂部の分け目付近に、キラリと光る白い1本の髪の毛。
38歳。小学2年生と保育園年長の二人の子供を育てながら、時短勤務で働いている。
白髪が出始めてもおかしくない年齢だと頭ではわかっているけれど、
見つけるたびに、心に小さな石が落ちたような、ずんとした重さを感じる。
最初は、数ヶ月に1本見つける程度だった。
その度に、「あーあ」とため息をつきながら、こっそり毛抜きで抜いていた。
でも、最近は違う。
抜いても抜いても、また違う場所に現れる。
生え際や、耳の上のあたり。
髪を結ぶと、どうしても隠しきれない白い毛が何本も自己主張している。
「これ、もう抜くレベルじゃないかも……」
ドラッグストアで、初めて「白髪染め」のコーナーの前に立った時の敗北感は、今でも忘れられない。
ずらりと並んだ商品のパッケージには、「若々しい髪へ」「マイナス5歳」といった言葉が躍っている。
「私、もうあっち側(おしゃれ染め)じゃなくて、こっち側(白髪染め)の人間になっちゃったんだ」
そう突きつけられたようで、なんだかひどく悲しかった。
隠すことへの疲労感と、美容室での現実
それからというもの、私の「白髪との戦い」が始まった。
美容室に行く頻度を増やし、「白髪ぼかし」というハイライトを入れてみたり、
自宅用のカラートリートメントを試してみたり。
お出かけ前には、マスカラタイプの白髪隠しを分け目に必死で塗るのが日課になった。
でも、どれも根本的な解決にはならない。
美容室で染めても、3週間もすれば根元が白く光り始める。
「あ、また伸びてきた」
その事実に気づくたびに、強烈な焦りとイライラが押し寄せてくる。
「ねえママ、頭に白いゴミついてるよ!」
ある休日、無邪気な声でそう言った息子の言葉に、私は凍りついた。
息子が指差したのは、私の頭頂部。
もちろんゴミではなく、染め残しの白髪だった。
「……これはね、大人の証拠なの! ゴミじゃないの!」
少しキツい口調で返してしまい、息子は不思議そうな顔をしていた。
その日の夜、夫にも言われた。
「最近、髪の毛のことばっかり気にしてるよね。白髪なんて誰でも生えるんだから、そんなに神経質にならなくてもいいのに」
悪気はないのだろうけれど、「気にするな」と言われて気にしなくなるなら、こんなに苦労はしていない。
「あなたにはわからないわよ! 私だって好きで気にしてるわけじゃないのに!」
そう言い返して、険悪な雰囲気になってしまった。
仕事に、家事に、育児に。
ただでさえ毎日ギリギリで走っているのに、それに加えて「老い」という見えない敵とも戦わなければならない。
「白髪を隠す」という作業が、私の限られたエネルギーを確実に削り取っていた。
私は、完全に疲れ果てていた。
「老い」を受け入れ、隠すのをやめた日
そんなある日、久しぶりに会った学生時代の友人とカフェでお茶をした時のこと。
同い年の彼女は、明るめの茶色の髪を無造作に束ねていた。
よく見ると、彼女の髪にも白いものが何本か混じっている。
でも、彼女は全く気にする素振りもなく、大口を開けて笑っていた。
「ねえ、白髪とか気にならないの?」
私が思い切って聞いてみると、彼女はあっけらかんと答えた。
「気にならないって言ったら嘘になるけどねー。でも、もう抜くのも染めるのも面倒くさくなっちゃってさ。
『これも私の歴史の一部!』って割り切ることにしたの。だって、生きてりゃ白髪くらい生えるでしょ?」
その言葉を聞いて、私はハッとした。
そうだ。生きていれば、白髪は生える。
シワもできるし、シミもできる。
それは、私がこれまで一生懸命生きてきた、何よりの証拠じゃないか。
私は、どうしてあんなに「若く見られること」に固執していたのだろう。
「白髪=恥ずかしいもの、隠すべきもの」と決めつけて、自分自身を苦しめていたのは、私自身だったのだ。
完璧を手放して得た、本当の「自分らしさ」
その日を境に、私は「白髪を完璧に隠すこと」をやめた。
もちろん、美容室でのカラーリングは続けているけれど、
「3週間ごとに絶対に行かなきゃ!」という強迫観念は捨てた。
根元が少し白くなってきたら、「あ、伸びてきたな」と事実として受け止めるだけ。
お出かけ前のマスカラも、本当に気合を入れたい日以外は使わなくなった。
不思議なことに、「隠さなきゃ」というプレッシャーを手放した途端、
鏡を見るのが以前より苦痛ではなくなった。
「あ、ここにまた1本。今日も育児に仕事に頑張ってる証拠だね」
そんな風に、自分に声をかけられる余裕すら生まれてきた。
先日、息子がまた私の頭を見て言った。
「ママ、今日も白いのあるね!」
今度は、私はイライラすることなく、笑顔で答えた。
「そうだよ。これはママが一生懸命生きてる魔法の糸なんだから!」
息子は「ふーん」と、よくわかっていない様子で遊びに戻っていった。
白髪は、きっとこれからも増え続けるだろう。
「老い」を完全に受け入れることは、まだ少し難しいかもしれない。
でも、完璧に隠そうとして自分をすり減らすくらいなら、
少しくらい白髪があっても、笑顔で毎日を楽しんでいる母親でいたい。
その方が、何倍も「私らしい」と、今は心から思えるのだ。