「あ、また寝落ちしちゃってた……」
ふと目を覚ますと、リビングのソファの上。
テレビの画面は砂嵐のようになっていて、時計の針は深夜2時を指していた。
体にのしかかるような重だるさと、喉の奥の渇きを感じながら、私はのろのろと起き上がった。
34歳、共働きで3歳の息子を育てている私にとって、
「睡眠」は、もはやぜいたく品に近いものになっていた。
朝は6時に起きて、自分と息子の身支度、朝食作り、保育園の準備。
息子の「保育園行きたくない!」というイヤイヤと格闘しながら、なんとか自転車で送り届け、
そのまま満員電車に揺られて会社へ向かう。
仕事中は、常に時間を気にしながらパソコンと向き合う。
「17時半には絶対退社しないと、お迎えに間に合わない」
そのプレッシャーで、お昼休憩もそこそこにキーボードを叩き続ける。
そして、息を切らして保育園へお迎えに行き、
帰宅後は、足にまとわりつく息子をなだめながら夕食の準備。
お風呂に入れ、寝かしつけが終わる頃には、夜の9時を回っている。
「やっと自分の時間だ……」
そう思って、やり残した家事を片付けようとソファに座った瞬間、
気づけば意識が飛んでいる。
これが、私の毎日のルーティンだった。
夫も仕事が忙しく、帰宅は毎日夜遅い。
休日こそ子供の相手をしてくれるものの、平日の家事と育児は、ほぼ私のワンオペ状態だった。
「私、いつになったらゆっくり眠れるんだろう」
ある朝、洗面所の鏡に映った自分の顔を見て、私は愕然とした。
目の下にはくっきりとクマができ、肌はくすみ、髪はパサパサ。
何よりも、目に全く生気がなかった。
「このままじゃ、本当に倒れちゃう……」
そう思ったけれど、目の前には「やらなければならないこと」の山が積まれている。
私が倒れたら、誰が家事を回すの?
誰が息子のお迎えに行くの?
仕事はどうなるの?
不安と焦りだけが募り、私の睡眠時間はますます削られていった。
「限界」のサインと、夫へのSOS
そんなギリギリの生活を続けていたある日、
ついに私の体に「限界」のサインが現れた。
仕事中、突然ひどいめまいに襲われたのだ。
目の前がぐるぐると回り、立っていることすらできなくなり、
そのまま職場の医務室で休ませてもらうことになってしまった。
「単なる過労と睡眠不足ですね。少し休めば良くなりますよ」
産業医の先生の言葉を聞いて、私はホッとするどころか、
なぜか無性に腹が立ってきた。
「『休めば良くなる』って言うけど、休む時間なんてないじゃない!
私だって、寝たいのに寝られないんだから!」
心の中でそう叫びながら、私は自分の体が悲鳴を上げている事実を、ようやく受け入れるしかなかった。
その日の夜、私は珍しく早く帰宅していた夫に、医務室で休んだことを打ち明けた。
「……だから、もう無理なの。私、本当に限界」
涙ながらに訴える私を見て、夫は驚いた顔で言った。
「ごめん、本当に気づかなかった。俺がもっと早く帰って、家事を手伝えばよかったんだけど……」
夫の言葉に、私は首を振った。
「違うの。あなたが手伝ってくれないのが悪いんじゃない。
私が、『全部自分でやらなきゃ』って、抱え込みすぎてたのが悪いんだと思う」
私は、ずっと「完璧な母親」「完璧な妻」「完璧な社員」でいようと無理をしていた。
誰かに助けを求めることを、「甘え」だと思っていた。
でも、その結果が、睡眠時間を削って体を壊すことだとしたら、
それは本末転倒なのだ。
私たちは、その夜、真剣に「家事の効率化」と「睡眠時間の確保」について話し合った。
「やらないこと」を決める勇気
まず私たちが決めたのは、「睡眠時間より優先すべき家事はない」というルールだった。
そのためには、「完璧な家事」を手放すしかない。
・夕食は、お惣菜やミールキットをためらわずに使う。
・洗濯物は、週末にまとめてコインランドリーの乾燥機で一気に乾かす。
・掃除は、お掃除ロボットに任せられる部分は任せ、あとは「死なない程度にきれいならOK」と割り切る。
・お風呂掃除は、こすり洗い不要の洗剤を活用する。
そして何より大きかったのは、夫が「朝活」を宣言してくれたことだった。
「俺、夜早く帰るのは仕事柄どうしても難しいから、その分、朝早く起きて家事をやるよ。
だから、君はその分、朝ゆっくり寝てていいから」
夫のその提案は、私にとってどれほど救いだったか。
「健康な睡眠」がもたらした、家族の笑顔
翌朝から、我が家の生活は少しずつ変わり始めた。
朝、夫が起きて洗濯機を回し、朝食の準備をしてくれる音を聞きながら、
私はベッドの中で「あと30分」の睡眠を貪った。
たった30分。でも、その30分の睡眠が、私の心と体にどれほどの余裕をもたらしてくれたことか。
夕食もお惣菜の頻度が増え、部屋の隅にはホコリが溜まっていることもあるけれど、
私はもう「私がやらなきゃ」とイライラすることはなくなった。
「まあいっか。死ぬわけじゃないし」
そう思えるようになったことで、夜も「やり残した家事」を気にして無理に起きている必要がなくなり、
息子と一緒に、早い時間からぐっすりと眠れるようになった。
睡眠時間をしっかり確保できるようになってから、
鏡の中の自分の顔が、少しずつ明るさを取り戻していくのを感じた。
息子のイヤイヤにも、深呼吸をして優しく対応できる余裕が生まれた。
夫とも、些細なことで言い争うことが激減した。
「睡眠」は、決して削ってはいけない、生きていくための「土台」だったのだ。
その土台がグラグラなまま、仕事も育児も家事も完璧にこなそうなんて、どだい無理な話だった。
共働きで毎日ギリギリで頑張っているお母さんたちへ。
もし今、あなたが睡眠不足で辛い思いをしているなら、
どうか勇気を出して、「やらないこと」を決めてほしい。
家事のハードルを限界まで下げて、まずは何より、自分の体を休めることを優先してほしい。
あなたがしっかり眠って、笑顔でいられること。
それが、家族にとって一番の「完璧」なのだから。