スーパーのレジ前で、カゴの中身を何度も見つめ直していた。
「この牛肉、やっぱり豚肉に変えようかな……」
「このお菓子、本当に必要だっけ?」
私は32歳。5歳の息子と夫と3人で暮らしている。
夫の給料は決して少ないわけではないけれど、これからかかる教育費や住宅ローンのことを考えると、少しでも貯金に回したい。
そう思って始めた「節約生活」だった。
でも、気づけばその節約は、私をじわじわと追い詰める呪いになっていた。
特売のチラシを血眼になってチェックし、スーパーを3軒ハシゴする。
お風呂の残り湯は必ず洗濯に使い、冬でも暖房の設定温度は20度。
家族での外食は月に1回、ファミレスのクーポンを握りしめて行くだけ。
「塵も積もれば山となる」
その言葉を信じて、毎日少しずつ「我慢」を重ねていた。
でも、ある日突然、その糸が切れてしまった。
「もう、無理だ」と泣いた夜
金曜日の夜。
一週間の仕事と育児の疲れがピークに達していた。
夕食の準備をしようと冷蔵庫を開けた瞬間、私の目に入ったのは、見事にしなびた「もやし」と、消費期限が1日過ぎた「鶏むね肉」だった。
「また、これか……」
節約のために、毎週必ず安い食材を大量に買っている。
でも、金曜日になるといつもこうだ。
メニューのバリエーションは尽き、ただ空腹を満たすための「作業」のような料理ができあがる。
リビングからは、夫と息子がテレビを見ながら笑う声が聞こえてきた。
「ねえ、今日のご飯なにー?」
「んー、もやし炒めと……鶏肉焼いたやつ」
私の声は、ひどく暗かったと思う。
夫がキッチンにやってきて、ため息をつきながらこう言った。
「また鶏むね肉?たまには外で美味しいもの食べたいなー」
その何気ない一言が、私の心に深く突き刺さった。
そして、次の瞬間、自分でも抑えきれない怒りと涙が溢れ出した。
「外で食べたい?じゃあ、誰が家計やりくりしてると思ってるの!?」
「私が好きでこんなご飯作ってると思ってるの!?少しでも貯金しようって、毎日スーパーの底値チェックして、お菓子一つ買うのも我慢してるのに!!」
泣き叫ぶ私を見て、夫は慌てて謝った。
でも、私の涙は止まらなかった。
悲しかった。
家族のために良かれと思ってやっていた節約が、誰も幸せにしていないことに気づいてしまったからだ。
夫は「美味しいものが食べたい」と不満を漏らし、息子は「お友達みたいにテーマパークに行きたい」と我慢している。
そして何より、私自身が一番ストレスを抱え込み、笑顔を失っていた。
「こんな節約、もうやめよう」
その夜、私は家計簿のノートをゴミ箱に捨てた。
我慢をやめたら、何が起きたか
翌日の土曜日。
私は「今日は一切節約しない日」と決め、家族でショッピングモールに出かけた。
息子が欲しがっていたおもちゃを買い、フードコートで好きなものを好きなだけ食べた。
私自身も、ずっと欲しかったけど「高いから」と我慢していたリップを迷わず買った。
夕方、家に帰ってレシートを計算すると、1日で数万円が飛んでいた。
以前の私なら、この数字を見て「やってしまった」と激しく落ち込んでいただろう。
でも、不思議と後悔はなかった。
リビングでは、息子が新しいおもちゃで満面の笑みを浮かべて遊んでいる。
夫も「久しぶりに思い切り遊んだね」と満足そうにコーヒーを飲んでいる。
そして私自身も、鏡に映る自分が最近で一番「いい顔」をしていることに気づいた。
「節約って、なんのためにやってたんだっけ?」
お金を貯めるのは大事だ。
でも、そのために今の生活の「幸せ」を削り取ってしまったら、本末転倒じゃないか。
続かない節約からの脱却
その日を境に、私は「我慢する節約」をやめた。
スーパーのハシゴはやめ、少し高くても近所のスーパーで一度に買い物を済ませることにした。
浮いた時間で、ゆっくりコーヒーを飲む。
夕食に鶏むね肉を使う日もあるけれど、月に何度かは「今日は料理お休み!」と宣言して、デリバリーを頼む。
もちろん、無駄遣いを推奨しているわけではない。
固定費(スマホ代や保険料)の見直しは徹底的にやったし、本当に必要なもの以外は買わないというルールは残した。
変わったのは、「削る場所」だ。
「家族の笑顔」と「自分の心の余裕」につながるお金は、絶対に削らない。
そう決めただけで、家計管理のストレスは嘘のように消え去った。
数ヶ月後、恐る恐る通帳を開いてみた。
驚いたことに、貯金額は「我慢の節約」をしていた頃と、さほど変わっていなかったのだ。
ストレスが減ったことで、「衝動買い」や「ヤケ食い」といった突発的な出費がなくなったのが大きかった。
もし今、家計簿とにらめっこしながら「これも我慢、あれも我慢」と自分を追い詰めている人がいるなら。
一度、その手を止めてみてほしい。
あなたのその我慢は、本当に家族の幸せにつながっているだろうか?
節約は、マラソンのようなもの。
息を止めて全力疾走すれば、すぐに倒れてしまう。
大切なのは、自分が「心地よく走り続けられるペース」を見つけることだ。
たまには、息抜きしたっていい。
家族で美味しいものを食べて、たくさん笑って。
その笑顔の分だけ、また明日から頑張ればいいのだから。