時計の針は19時を回っていた。
冷たい雨が降る火曜日の夜。
保育園のお迎え帰り、片手にはスーパーの袋、もう片方の手には「歩きたくない!」と泣き叫ぶ2歳の娘。
駅から自宅までのたった10分の道のりが、今日は果てしなく遠く感じられた。
私の腕も、足も、そして心も、もう限界だった。
マンションのドアを開けた瞬間、生温かい空気と一緒にドッと疲れが押し寄せる。
朝、バタバタと家を出たせいで、シンクには朝食の食べかけの食器が山積み。
ダイニングテーブルには、夫が飲みっぱなしにしたコーヒーカップ。
脱衣所の洗濯カゴには、昨日から放置された服がこんもりと山を作っている。
「ママ、だっこ!だっこおおお!」
濡れたレインコートを脱がせようとする私を振り払い、足元で泣き続ける娘。
その甲高い泣き声が、疲労しきった頭の奥底にガンガンと響いた。
夫は今日も残業で遅い。
都内での共働き。実家は遠く、頼れる親も近くにはいない。
ああ、もう無理。
ふらつく足でキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
早く夕飯を作らなきゃ。お風呂に入れなきゃ。寝かせなきゃ。
頭の中のタスクリストに追われながら、卵を取り出した瞬間。
ツルッ。
手元が狂い、パックごと卵を床に落としてしまった。
グシャッという鈍い音。
冷たいフローリングの上に、無惨にも広がる黄色い黄身と割れた殻。
それを見た瞬間、私の中で張り詰めていた何かの糸が、プツンと音を立てて切れた。
気がつけば、床に座り込んでいた。
娘の泣き声に重なるように、私自身も声を上げて泣いていた。
35歳にもなって、卵を落としたくらいで大号泣するなんて、どうかしている。
頭では分かっているのに、涙が止まらない。
毎日毎日、時間に追われて。
仕事では気を張り詰め、家に帰れば休む間もなく家事と育児。
「どうして私ばっかりこんなに苦しいの?」
声に出してしまったその言葉は、誰に届くわけでもなく、部屋に空しく響いた。
「完璧な母親」という呪いを解く
ひとしきり泣いて、少しだけ冷静になった頭でふと思った。
なんで私、こんなに必死になって頑張っているんだろう。
手作りの栄養満点な温かいご飯を作らなきゃ。
部屋はいつも清潔にして、綺麗に保たなきゃ。
子どもにはどんな時も笑顔で優しく接しなきゃ。
誰かに強制されたわけでもない。
SNSで見かける「丁寧な暮らし」をする見知らぬ誰かと自分を比べ、勝手に「完璧な母親像」を作り上げていたのだ。
そして、それに届かない自分を責め続け、自分で自分の首をきつく絞めていた。
床に散らばった卵を、キッチンペーパーで無心に拭き取りながら、私は心に誓った。
「もう、平日夜の家事をまともにやるのは辞めよう」
自分が壊れてしまう前に、捨てるべきものは家事への執着だ、と。
時短テクニック①:料理は「作らない」と決断する
翌日から、私は平日に包丁を握り、火を使うことを一切やめた。
週末にまとめて作り置きをする、という器用な真似も私には向いていない。
だから、頼れる外部の力には全力で頼ることにした。
冷凍食品、温めるだけのミールキット、スーパーのお惣菜。
最初の数日は「手抜きばかりで、娘の栄養は大丈夫だろうか」と激しい罪悪感に苛まれた。
でも、ある日の夕食。
電子レンジで温めただけのハンバーグと、カット野菜のサラダを出した時だった。
「わあ、ハンバーグ!おいしいねぇ!」
満面の笑みで頬張る娘を見て、私はハッとした。
娘が本当に求めていたのは、何時間も煮込んだ手作りシチューでも、一汁三菜の完璧な献立でもなかったのだ。
眉間にシワを寄せ、キッチンでイライラしている母親の後ろ姿を見ることより。
たとえお惣菜であっても、笑顔のママと一緒にテーブルを囲むこと。
それが何よりも大切なのだと、娘の笑顔が教えてくれた。
時短テクニック②:家電への投資は「命の時間の確保」
その週末、私は夫をリビングに座らせ、真剣な顔で直談判した。
「このままじゃ、私は倒れる。だから、食洗機とドラム式洗濯乾燥機を買いたい」
夫は私のただならぬ気迫に圧倒されたのか、すぐに頷いた。
決して安い買い物ではない。我が家の家計にとっては大きな出費だ。
でも、これは単なる「便利な家電」ではない。
「私の心と、娘と向き合う時間を守るための投資」なのだ。
数日後、我が家に新しい家電がやってきた。
結果から言うと、大げさではなく世界が変わった。
夜、シンクの食器を並べてボタンを押すだけ。
朝、洗濯機から乾いたホカホカの服を取り出して、そのまま着るだけ。
これまで「洗って、干して、取り込んで、畳む」「洗って、拭いて、しまう」という作業に奪われていた膨大な時間。
その1時間が、そっくりそのまま「娘と一緒に絵本を読む時間」や「温かいお茶を飲む時間」に変わったのだ。
機械に任せられることは、全部任せる。
その対価はお金で払う。
この割り切りが、私を肉体的な疲労から劇的に解放してくれた。
時短テクニック③:家事の合格点を極限まで下げる
そして最後に私が取り組んだのは、自分自身のマインドセットを変えることだった。
部屋が散らかっていても、命に関わるわけじゃない。
おもちゃが出しっぱなしでも、明日またすぐに遊ぶのだからそのままでいい。
ホコリが目立ってきたら、週末に夫と一緒にまとめて掃除機をかければいい。
「やるべきこと」のハードルを、これでもかというくらい極限まで下げた。
以前は、100点を目指して、できずに自己嫌悪に陥っていた。
でも今は違う。
60点でもいい。いや、30点でもいい。
「今日も全員生きて家に着き、ご飯を食べて寝床についた。それだけで100点満点!」
そうやって、毎日自分を声に出して褒めるようにした。
限界ワーママが手に入れた「余白」
あの大号泣した卵落下事件の夜から、半年が経った。
正直に言えば、今でも平日の夜はバタバタと忙しい。
時には疲れ果てて、娘を寝かしつけながらそのままソファで寝落ちしてしまう日もある。
でも、もうあの日のように、床に座り込んで泣くことはなくなった。
手抜きを覚え、家電に頼り、完璧を手放したことで、私の心に確かな「余白」が生まれたからだ。
仕事をして、子育てをして、さらに家事まで完璧にこなす。
そんなの、最初から到底無理な話だったのだ。
私たちは、スーパーウーマンじゃない。
疲れれば動けなくなるし、余裕がなくなればイライラする、ただの人間だ。
だから、もし今、あの日の私のようにすべてを背負い込み、限界を迎えているワーママがいるなら、強く伝えたい。
家事を手放すことは、家族への愛情を手放すことじゃない。
むしろ、自分自身の笑顔を取り戻し、家族全員を幸せにするための、一番の近道なのだと。
だから、どうか自分を責めないで。
今夜はもう、スーパーのお弁当を買って帰ろう。
そして、一緒にサボる勇気を持とう。